Jewelit ジュエリット
www.jewelit.net​
  • Home
  • Magazine
  • About
    • About In English
    • How to subscribe ?
  • Event
  • company
  • Contact
  • 天然石少女
宝石になる前、原石たちの物語
​

天然石少女
SMALL HANDS CAN CHANGE THE WORLD
作:やまみ河そら(吉田S・岡田A)


この物語はフィクションです。実在する人物、団体、事件等とは一切関係ありません。

タイトルと共にテーマ曲・『記念日・出産バースデー』が流れてくる、それは、わらべ唄のような、童謡のような、フォークソングのような・・・・、けれどメロディーやコードだけがオーケストレーションされていき、聴いたことのない全く別の曲になっていきました。それらの音は風のように、波のように、鳥たちのさえずりのように、世界に銀河に全宇宙に響き渡るかのごとく、大切なことを問いかけてくるかのごとく、軽やかで柔らかくあたたかい調べと共に・・・・。




第一部:100年前のリフレイン、想像することで始まる明日へ


モユナとヒナモ
背中合わせの姉妹『ふるさと星』と『地球』
星々がきらびやかに咲き誇る宇宙・・・・、その中にポツンと青白く光る美しき星、らっか星群・日の元星系第3惑星『ふるさと星』、その姿かたちは驚くほど『地球』とよく似ていました。けれど全く別の星・・・・、そもそもこの星のある宇宙自体が『地球』が存在する宇宙とは別の世界・・・・、とは言っても全く関係が無いというのではなく、この星と地球は・・・・背中合わせの姉妹のような存在・・・・、『母なるふるさと星』と『母なる地球』いにしえの昔から・・・・。
 約1世紀前までは『ふるさと星』も『地球』同様、多くの国々が対立し、牽制し、戦乱状態にありました。それぞれがそれぞれの正義を掲げ、皆何かに取りつかれたかのように一方的で狂信的、独善的な信念のもと必死に戦っていました。けれどそんな戦乱に背を向け、仲間たちとも離れ離れになってしまい、家族だけでひっそりと静かに、ささやかな幸せを求め誰もいない国境の山中で、隠れるように自給自足生活をしていた若い夫婦と、幼い姉妹の4人がいました。この家族はある地域の少数民族出身で、『カフクエ(加福江)』という民族名をそのまま自分たちの苗字としても使っていました。けれども、そのいかにも幸福そうな名前とは裏腹に、元々住んでいた村では、疎まれ忌み嫌われ恐れられ、そして虐げられていました。というのもこの民族には他の者たちには無い、いわゆる超能力的な第7能力があったからです。その為その地域で良くないことが起こると必ず疑われ、この家族のせいにされました・・・・。世界中が戦乱状態にあってもなくても、この家族は結局孤立して生きていくしかなかったのです。
空にはパンダのような白黒模様のある大きな鳥パンダカ(クマタカの仲間)さんが2羽、気持ち良さそうにゆったりと飛んでいました。よく見ると腰のあたりにも黒い模様がしっかりとあり、それはお相撲さんのまわしのようでもありました・・・・。


『真珠層によるコーティング』
その家族が住んでいた山の頂には大きな湖があり、水は悠々とした深い青色で、時にはシアン、時にはウルトラマリン、時にはコバルトブルーというように美しく変化しました。そして山の中腹にある小さく開けた窪地には質素で小さな家があり、そこは家族4人だけの大切な空間でした。家のそばには建物に比べると、かなり広い畑があり、季節の野菜等が作られているようでした。例えば地球のトマトに似た『ネンネコトマトピン』とか、おかしな人形のような形をした茄子『クレイジー乱ナスドールズ』とか、復活祭というよりは春の女神のお祝いという感じのキャベツに似た『リンリンイースター』等もあり、いざという時、家族の生命力の源泉となるもので、名前以上に味や栄養は絶品でした。
鉄の能力者であった父親のドゥルグモヒが右腕を鋼鉄の鍬に変え、物凄いスピードで土を耕しています、次の収穫の為に種や苗を植える下準備のようでした。また近くの大きな桑の木の下には、父親と同じ藍染の綿のワンピースを着たヒナモ(2歳)とモユナ(5歳)の姉妹が、古風なあやとりや紙風船、お手玉、なわとび等をして仲良く遊んでいました。ちなみにこの子たちにも、強くはありませんが第7能力があったので、遊ぶ時はとても注意が必要でした。そうしないと、ついつい第7能力を使ってしまい、事故を起こしたりケガをしたりさせたりしてしまう可能性があったからです。
2人の服装は地味な藍染の紺色でしたが、所々にお花のアップリケがあり、どうやらそれらは誕生花のようでした。ヒナモは3月生まれだったので『桃の花』、モユナは2月生まれだったので『梅の花』、父親のドゥルグモヒは8月生まれだったので『ひまわりの花』が、それぞれの服に咲いていました。また背中には本人と両親の花3つが、トライアングルの形で刺繍されていました。けれど何よりも幼い姉妹の大きな特徴は、両頬にある2つの丸い型のアザでした。色や濃さも青色や黒、青赤色、紫色、赤緑色と様々に変化し、その日の天候や体調にも左右されるようでした、また形も日に日に変化して半円形になったり、三ヶ月形になったり、土星形になったりと色々でした。そんなアザは指で触ると顔や体の様々な所へ移動させることができ、今は2人共両目のあたりに移動させて、にらめっこして遊んでいました。見ようによってはパンダちゃんのようにも見え、可愛いと言えば可愛いいのですが・・・・キモカワイイ感じですね、またこのアザは年齢と共に徐々に薄くなり、思春期までには消えていくのが普通でした。地球でいうならば、東アジア人特有の蒙古斑に似ているのかもしれませんね。
周辺には梅や桃、菜の花、タンポポ、水仙、パンジー、ユキヤナギ、スミレ、ヒヤシンス、キンセンカさん等が咲いていて、とても華やかでした。けれど2人の姉妹は、なぜか頭上にある黄緑色の小さな桑の木さんの花には殆ど気付きませんでした、桑の木さんは人間に対してちょっと厳しいことを言うので、姉妹は少し苦手だったのです。桑の木さんはそれがとっても歯がゆかったのか、風も無いのに葉をザワつかせて、一緒に住んでいた親友のワイルドオカイコさんを姉妹の髪の毛の中に一匹ずつ落としました。
姉妹は人間以外の生き物の声が少し分かるようで、桑の木さんの鋭い人間に対する指摘も何となく分かっていて、だからなのでしょう、桑の木さんは2人に、よりしっかりと自然のことを分かって欲しくて、ワイルドオカイコさんたちに協力を仰いだという感じでした。けれどもう既にヒナモとモユナは森の小動物たちとは仲が良くて、時々リスやコウサギ、コタヌキ、コギツネ、ハリネズミ、フェレット、モモンガ、ムササビ、コイノシシ、コヤマネコ、コオオカミ、コジカ、コグマ等がすぐ近くに現れたりして、自然を大切にして欲しいという気持ちは充分伝わっていました。ただし決して馴れ馴れしい感じにはならず、一定の距離を保っていました・・・・。昆虫たちもよくやって来ていて同じような感じでした、それらの子たちは畑を荒らすこともなく、ただ姉妹に会いに来るだけという風なので、「けっこう森って豊かなんじゃない?」と思いつつ、桑の木さんが言う『人間が戦争とか色々と始めると、あっという間に自然は粉々に大破壊されてしまう』というのを思い出していました。けれど今はまだ動物たちにもどこか余裕があって、「自然が豊かなのは本当にいいな!、最高だな!、大好きだな!」って再認識して、より楽しい気持ちになりました。
少しして森の奥から竹籠を背負った母親のアマラユナが帰って来ました。姉妹と同じ藍染のワンピース姿でしたが、ズボンもはいていて軽やかな足取りでした。真珠の能力者でもあるアマラユナは、体全体が淡く柔らかな光沢に包まれていて、それは全てを優しく包み込んでくれるかのような独特な美しさでした。ちなみにアマラユナは4月生まれだったので、服の花模様のアップリケは『桜の花』でした・・・・。
母親に気づいた姉妹が「あッ!お母さん」と言いながら、嬉しそうにまとわりつきます。竹籠の中にはフキノトウ、タラの芽、セリ、ミツバ、ノビル、シダ類の若い芽、コシアブラ、タケノコ等の山菜や姫リンゴ、野イチゴ、コミカン等の果実が、そう多くはありませんが
籠に3分の1くらい入っていました。汗をぬぐいながらドゥルグモヒが優しい目で妻と娘たちを見ています。子供たちは嬉しそうに果実を食べようとしましたが、アマラユナは「最初に食べる物は、なーに?」と優しく言い、けれど強い視線で2人をじっと見つめました。姉妹は仕方なく「お野菜」と言い、野草をいくつか手に取り「私、やっぱりトマトピンが好き」とか、「私はクレイジー乱ナスドールズが好き」とか言いながら、セリやミツバ、ノビル、シダ等を「苦い、苦い」と言いながら食べました。アマラユナが「今、お昼ごはん用意するからね」と言い、家に入ろうとすると、ドゥルグモヒが「俺も手伝うよ」と言い、アマラユナに続きました。家の中で2人は軽くキスをして、テキパキとお昼ごはんの準備を始めます。壁には書道をやっているのか、色々な言葉が書かれていて、言葉は読めませんが意味は『雨にも負けず風にも負けず』とか、『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず』とか、『和を以て貴しとなす』とか、多くの言葉が書かれていました。また小さな本棚には歴史書と自然観察系、芸術系、そして衣食住に関する本などが合計30冊程並んでいました。どれも古い本ばかりで、読み継がれてきたことが分かりました・・・・。真っ青な空には今日も2羽のパンダカさんが、仲良く旋回したりして気持ち良さそうに飛んでいました。
大きな桑の木さんの下に座り、家族4人楽しげにごはんを食べています。サラダにおにぎり、山菜のおひたし、小魚の佃煮、漬物や干し肉等、決して豪華ではありませんが、野菜や果物は豊富にあり、とても健康的でおいしそうでした・・・・。森の小動物や昆虫たちも隠れながら4人家族の方を興味深さそうにジッと見ています。やがて小鳥たちがうるさいぐらいに鳴き始めました、一体何を喋っているのでしょう、早口すぎてヒナモとモユナにも分かりません、けれどいつもと違いかなり大きな響きです・・・・、そして見上げれば、雲ひとつない空がどこまでも広がっていて、吸い込まれそうなスカイブルーです、いつの間にか2羽のパンダカさんの姿は見えなくなっていましたが・・・・。
食事も終わり、姉妹がウトウトしかけた時、鳥さんたちの声が気になっていたアマラユナは、ひとり立ち上がり畑の外側の林を抜けて行きました。少し行くと、そこには信じられないほど広大な空間が広がっていて、まさに絶景でした。『何度見てもキレイだな』という感動の表情のアマラユナ。原生林に囲まれた小さな平野の中を川が蛇行しつつ流れ、見ようによっては渓谷と言えなくもありません、遠くの山々は少し霞がかかっていて、幻想的で穏やかな光景です・・・・。あの山のずっと向こうに、まるで愛しい故郷があるかのように見つめているアマラユナの顔、心に浮かんでくるのは夫と似ている母の顔と、アマラユナとよく似た父の顔でした。何とも言えない懐かしいような、悲しいような、透明感はあるのに瞳の奥の輝きはくすんでいる、そんな感じでした・・・・。空の青さはやはりどこまでも深く青く、見つめていると心がどんどん透明になり、空の彼方まで上昇して行きそうで少し怖いぐらいでした。
風景に魅了されていたアマラユナですが、何とも言えない不安な感じを思い出し、ハッとなりました。モヤのかかった遠くの山の上空をじっと見つめます、その真剣な表情・・・・、やがて小さな黒い点が幾つも幾つも見えてきました、さらに目を凝らします、震えが止まらなくなっていくアマラユナ、その姿形から明らかに爆撃機の編隊だということが分かります・・・・、『間違いない!』と確信するアマラユナ、不気味に数十機、いえ50機以上が小さな音ですが「チチンプープーチチンプー」というキモイキモイ鼻唄と、世界最強の武器商人国家の旋律が気味悪く混濁して、ジワジワと大量殺害兵器を伴って近づいて来るのです、今迄になかったことです!、尋常ではありません!、アマラユナは慌ててきびすを返しドゥグルモヒの元へ向かいます、そしてすぐに爆撃機のことを伝えました。とその瞬間、投下が始まったのか、猛烈な爆音と地響きが伝わってきました、厳しい表情になるドゥルグモヒとアマラユナ、急いで怯えている子供たちを連れ、家の中に入り身を潜めます。けれど空からの攻撃から身を守る方法等どこにもありません、ただ最悪の事態にならぬよう祈るだけでした・・・・。どうやらドゥルグモヒとアマラユナには、“予知”という第7能力はあまり備わってないようでした。
2人とも遠く山向こうの国々が戦場になっていることは前々から知っていました、けれどまさかここまで爆撃機がやって来るとは思ってもいませんでした。しかし次々と爆撃音は近づいてきます、それも大量にです。街はおろか村もない、軍事施設も何もないこんな山奥に何故!?、一体どういうことなのでしょう?・・・・、明らかにこの爆撃はしっかりと目標を定めているというのではなく、何故かとても投げやりな感じでした・・・・。これは後にハッキリと分かったことなのですが、この投下は、ただ単に爆撃機の機体を軽くするために行われていたのです・・・・、つまりこの場所は大量の爆弾の捨て場だったのです・・・・。こうして4人家族が見つけた安住の地は、恐怖の地に変わってしまいました。
爆撃機の体内から次々と落とされて行く爆弾は、機械的に産み落とされていく未来の人間の姿のようで、それはまるで恐怖そのものを祝福するかのごとく、この世の全てを破壊してしまうほどの絶望そのものでした・・・・。それ程長い時間ではなかったにも関わらず、まるで永遠に続くスローモーションのように、その恐怖は長くとめどなく終わりのない夢のようであり、その残虐な炎焼は、全てを焼き尽くすまで止まることのない悪魔の炎そのものでした・・・・。
普通なら誰も助かりません、家も木っ端微塵です、けれど母親と幼い姉妹は無事でした。鉄の能力者だった父親のドゥルグモヒが、背中一面を鋼鉄に変え家族の上に覆いかぶさり、爆撃からその身を守ったのです。しかし辺り一面は火の海でした。至る所が燃えたぎり、どこにも逃げ場等ありません。このままでは家族4人共焼け死んでしまいます。次の瞬間ドゥグルモヒがアマラユナの耳元に何かを短く伝えました。ハッとして顔色を変えるアマラユナ、とても不安な表情になり俯いてしまいます、けれど時間がありません。ドゥグルモヒは、そんなアマラユナに「そうするしかないんだ!、そうするしかない!、この子たちを救うには、そうするしかないんだ!」と必死に説得します。仕方なく頷くアマラユナ、ドゥルグモヒは「ありがとう!」と言うと、瞬時に両足を鋼鉄に変え猛スピードで山を登って行きます。心配そうに見送るアマラユナ、そしてヒナモとモユナも・・・・。
山頂の火口湖(カルデラ湖)を決壊させ、その水で火災を止めようというのです!、ドゥルグモヒの鋼鉄の力で土を削り、穴を掘って水を流すという大変な計画でした。けれど考えている暇は本当にありません、今は行動あるのみです。そしてアマラユナの方も自分の仕事をしなければなりません、けれどそれはまだ幼い姉妹には早すぎることでした・・・・、まずは恐怖におののき、泣き叫んでいるヒナモとモユナを落ち着かせることが先決でした、2人を抱きしめ「お願い、お願いだから落ち着いて!、大丈夫だから!、少しだけ少しだけじっとしていて!」と言いました。母親の必死の願いに、少し落ち着く2人。炎の中、真珠の能力者のアマラユナが手をかざしながら、素早く姉妹の体全体を真珠層でコーティングしていきます。こうしておけば炎や煙、水圧、強風等、外からの衝撃や圧力からある程度身を守ることができるのです、もちろん人のふるう暴力からも・・・・。 
それにしても空からの爆撃はやみません。その頻度はどんどん激しくなり、家だけでなく畑も樹々も花々も土も石も動物も植物も菌類も皆燃え、全てが断末魔の叫び声をあげているようでした。
ちょうど2人の姉妹の体全体に真珠のコーティングがいきわたった時、大量の水が山頂から流れ落ちて来ました、かなりの激流です。けれどコーティングされた2人の姉妹はケガをしたり、溺れることなく、あっという間に水と共に山を下り、川の方へ猛スピードで流されて行きました。姉妹と共に行くはずだったアマラユナは力を使い果たしたのか、その場から動けず、さらに流れて来た木の幹に押しつぶされそうにもなり、自分自身の真珠のコーティングは不十分で絶体絶命でした。けれどすぐそばにドゥルグモヒが戻って来ていました、お互いを見て少し微笑む2人、後は体勢を整え、娘たちの後を追うだけです・・・・。そんな地上での出来事とは違って、やはり空はどこまでも広く青く、まさに永遠を感じさせました、そして昼間であるにも関わらず、月が光っていました。西側の半分だけが見える上弦の月が・・・・。
大量の水のおかげで、その辺りの炎は何とか鎮火しました、けれど荒れ果てた山肌、樹々たちの惨状は目を覆うばかりです。そしてその片隅では、アマラユナとドゥルグモヒが手をつなぎ、必死に走って逃げる姿がありました、物凄い形相です。なぜなら爆撃機と共に飛んで来た戦闘機が「チチンプープーチチンプー」のキモイキモイ鼻唄と、世界一の武器商人国家のメロディーと共に、その辺り一帯を激しく機銃掃射していたからです。やがて不気味な調べが盛り上がりマックスになった時、アマラユナとドゥルグモヒは一瞬の静寂のあと、背中を撃ち抜かれその場にバタリと倒れてしまいました・・・・。戦闘機のパイロットは鼻唄の音量を最大限に上げ、気分良さげにご満悦の表情です、どう見ても完全なサイコパスで、人殺し大好き人間でした。けれど人以外にも山の動物たち等、動くものなら何でも容赦なく撃ちまくり、殺しまくる殺人鬼であり死の商人でした。シカさん、サルさん、イノシシさん、月の輪グマさん等、焼け焦がれた山林の中、動物の死体も数多く散乱していました。そして、それらの中、重なるように倒れているアマラユナとドゥルグモヒ、その背中は血まみれでピクリとも動きません。ドゥルグモヒの背中は鋼鉄化される寸前でした。あと数秒あれば2人は助かったかもしれません・・・・。けれど娘たちを救う為、全力を使い果たしてしまったのでしょう。その死に顔には娘たちの将来を危惧する無念さがにじみ出ていました、いつしか2人の眼からは大粒の涙がひと粒ふた粒流れていて・・・・、こうして悲しみと苦難に満ちたモユナとヒナモの将来は、誰にも分からなくなりました、まさに神のみぞ知る・・・・波乱万丈な人生の幕開けです。


ある日突然・・・・『涙色のアクアマリン』
 両親のおかげで焼け死ぬことも、溺れ死ぬこともなかったヒナモとモユナでしたが、山からの大量の水に流され川を逆流し、ずいぶん遠くまで来てしまいました。けれど母親アマラユナのおかげで、全身が真珠層でしっかりとコーティングされていたので2人共、気絶こそしていたもののケガもなく命に別状はありませんでした。
そんな姉妹がちょうど流れ着いたのが、いかにもクセのありそうな中年男ダイセがねぐらにしていた川沿いの洞窟のすぐそばでした、川辺に倒れていたヒナモとモユナに対し、最初ダイセは全く興味を示しませんでした、生きていようが死んでいようが見知らぬ子供の命等どうでもよかったのです・・・・。けれど倒れたまま全く動かない2人の幼子を見て、少し違和感を感じました、考え込むダイセ、じっくりと見てみると、その体全体には光沢があり、普通ではありませんでした。しかし、この川は長引く戦乱のせいで、かなり汚染されていたので、『こいつらはじきに死ぬだろう』とダイセは思い、その場を離れようとしました、彼は根っからの自己中心主義者だったのです。けれどヒナモとモユナの体全体が、淡い光りでキレイにコーティングされていたことがどうしても気になり、『ひょっとしたら、こいつら・・・・金になるかもしれん・・・・』、ダイセはニヤリと笑い、とりあえず2人を助けることにしました。そんな洞窟の入り口付近には汚染水のせいなのでしょうか、いびつな形の福寿草、椿、ヒヤシンス、キンセンカ、スミレ等が咲いていて、けなげな幼い姉妹の将来を心配しているようでした。
洞窟の中、ダイセの所持品や体のタトゥー(人形ロボット、動物型ロボット、植物型ロボット等が細かくビッシリと左上半身と右下半身に彫られている)を見ると、どうやら逃亡者のようで、おそらく犯罪者か脱走兵、あるいはその両方・・・・、けれど色々な機械工学等の本や設計図等もあり、ひょっとしたらエンジニア、はたまたマッドサイエンシスト・・・・だったのかもしれません。何はともあれ年の割(髪は真っ白で皺も多く、70歳ぐらいに見えました)には、体は逞しく、ユーモアもあり、2歳のヒナモはすぐに慣れ、「おじちゃん、おじちゃん」と慕いました。しかし5歳のモユナは警戒心が強く、ほとんど口を聞きませんでした。モユナはヒナモがダイセに甘えている姿を見るのが凄く嫌で腹も立ちましたが、それ以上に自分たちの両親のことがとても気になり、心から『会いたい!!会いたい!!』と切実に思っていました。それにも関わらずモユナは、何となくですが2人はもうこの世にいないんじゃないか!、死んでしまってるんじゃないか!、そんな気がしてしまい、心が激しく乱れそうになるのですが、同時にいつもその思いを打ち消すのに必死でした。幼いヒナモも「いつ、お母さんに会えるの!?、お父さん何で迎えに来ないの!?」って聞いては、「さみしいよー!」って泣くのです。それが一番辛いモユナなのですが、自分まで泣くと本当に両親の死を認めてしまうような気がして、必死に耐えていました・・・・。そんな姿を少し離れた所から見ていたダイセも、珍しく悲しげな表情をしました。けれど「こういう時は何かうまいもん食うのが一番」と言ったかと思うと、生ツバを飲み込みながら訳の分からない魚(毒を中和するための液体に入っていた為、変色して、とてもまずそうに見えました)を調理し始めました・・・・。モユナは少しゾッとしましたが、必死に我慢していました。ここは戦場のすぐ近くで、川の魚だけでなく他の動植物たちも多かれ少なかれ皆汚染されていて、とても食べられたものではなかったのです、けれどダイセはあらゆる薬草等を使い、何とか食べられるものにしているようでした。弱毒化するのが得意のようでした。
そんなある日の夜、3人が家として使っていた洞窟に突然大きな熊が侵入して来たのです。その日に限って入り口のそばで寝るように言われていたヒナモとモユナは、すぐに異変に気付き身構えました、けれどあまりの恐ろしさに、2人共身を縮め抱き合い怯え切ってしまい一歩も動けませんでした。しかしダイセは、あらかじめ熊の襲来が分かっていたのか、とても落ち着いていて、素早い身のこなしで姉妹の前に立ち、カプサイシンを主成分とする目つぶしスプレーを熊の顔めがけて吹きかけ、目つぶしをくらわせました。七転八倒する熊に対し大きな斧と鉈で首を攻撃し、喉元の動脈を破裂させ大出血させました、あっという間に熊は死んでしまいました。ほんの一瞬の出来事でしたが、幼い姉妹は最初何が起きたのか全く分かりませんでした。けれどやがてヒナモが大声で泣き出したので、モユナも我に返りヒナモを強く抱きしめ涙ぐみました。
その後のダイセの動きも早く、慣れた手つきで熊を解体し始めました。けれどそれは肉をおいしくいただくための解体というよりは、原始的なむさぼり喰う前の荒々しい下準備であり、何度か注射器で液体を注入もしていたので、やはり毒対策だったのでしょう。ダイセには薬草以外にも毒を弱くする特別な知識があったのです。けれど熊の血をシャワーのように浴びたダイセの姿はまさに赤鬼そのもので、嬉しそうに舌なめずりしながら、「ごちそうだー、久々の熊肉だー」と言いながら作業するのを見て、ますますゾッとしてしまうモユナでした、そんな様子を少し離れた木陰にいた2匹の子熊がジッと見つめていました・・・・。
その夜、一睡もできずヒナモを抱きしめ、洞窟の奥で長い夜を過ごしたモユナでしたが、いつの間にかウトウトしかけた朝方、ヒナモの楽しそうなはしゃぎ声と、おいしそうな匂いで目が覚めました。モユナが洞窟の出入り口付近の明るい方を見ると、そこには小さなヒナモと大きなダイセが、淡い光りの中で仲良く座って何かを食べているのが見えました。逆光だったので、殆どシルエットでしか見えませんでしたが、ヒナモの体全体が真珠のコーティングの光りに包まれ、眩いばかりの美しさでした・・・・。やがて目覚めたモユナに気づいたヒナモが、「お姉ちゃん、とってもおいしいよ」って本当に嬉しそうに満面の笑みで言いました、一瞬モユナは『自分も食べたいな』と思いましたが、ダイセが「熊鍋だー!たくさんあるぞ!」って笑顔で言った瞬間、何故だかとても怒りがこみ上げてきて、同時に物凄く悲しくなり、居ても立ってもおられず、洞窟の奥の方へ駆け出してしまいました。ビックリするヒナモ、あっけにとられるダイセ、やがて「ナイーブな奴っちゃなぁー」と苦笑しながら、「気を付けろよー!そっちは足場が悪いし、行き止まりだぞー!」と言いました。案の定、ころんでうずくまり泣いてしまうモユナ・・・・、すぐにヒナモが駆け寄って来てくれました。モユナはヒナモを抱きしめて泣きました。ヒナモは優しくモユナの頭をなでています、熊肉の油でべっとりとした手ではありましたが・・・・。
こうしてしばらくの間、幼い姉妹はダイセという初老の男と一緒に生活していくのですが、まだまだ試練は続きました。追手が近づいていたのです、ダイセの命を狙う追手が・・・・。


いぶし色・『ブラック・スター・サファイア』
その日は朝から雨が降り、ジメジメとした嫌な日でした、けれど地面の水たまりには赤いバラの花びらがいくつか浮かんでいて・・・・。外に食料を探しに行くのもおっくうなので、3人は洞窟の中で静かに過ごしていました。そしてヒナモとモユナのそばに置かれた器の中には雨水が張ってあり、さっき拾ってきた赤いバラの花びらが、いくつも浮かび少し華やかでした。
短期間に激しい出来事が続いた為、モユナとヒナモの体を覆う真珠のコーティングの輝きは、より強くなっているようでした。危機に陥れば陥る程その力は強くなり、絶対に守ろうとする、そんな感じでした、さらに髪の毛の中に隠れていたワイルドオカイコさんも、『怯えているばかりではいられない、これからはいつでも糸を出し、姉妹を守っていかなければ・・・・』と思っていました。さらにさらに蒙古斑のような星々の形をしたアザも体のどこかに潜んでいて、いざという時はあざとくその力を発揮するのでしょう、姉妹には普通の免疫力以上の防御力があるようでした。それもこれも幼い頃から自然の樹々や花々、動物たち、植物たち、菌類たちと仲良くしようと思っていたからなのです、樹々たちの方も自分たちを理解し、大切にしてくれそうな人間には、長く生きて欲しいと思うのでしょう。なので、この地域を覆い尽くしている毒の力が、モユナやヒナモにも襲いかかってくる時、ほんの少し、ほんの少しですが、植物たちは姉妹を守ろうとしてくれたのです。とは言え基本は真珠層のコーティングです、ダイセが倒した熊の発酵干し肉を食べる時、体の中で起こる攻撃からも守ってくれるのです。この毒にまみれた地においても飢える心配はあまりなかったのでした。いくらダイセの力(超能力というよりはおそらく科学力)と薬草等によって毒が弱められているとは言え、やはり危険という思いはぬぐい去れませんでしたが、『ひょっとして途中からモユナとヒナモの真珠のコーティングは、毒にも効いているんじゃないか、もしそうなら何とかそれを利用したい』、日頃からこの地に生きる限りは、野菜不足はいなめません、なので生肉のレバーをムシャムシャ食べながら、ダイセはそう考えていました。ヒナモとモユナは苦手かもしれませんが、栄養価はとても高いのです。また一番大切な水に関しては、川の水は汚染されていて飲めなかったので、山の上部の湧水や樹木に保水された水を飲んでいました。ダイセはこうした清潔な水源をいくつか見つけていたので、ひとまず安心でした・・・・。けれどモユナは思うのです、『ひょっとしてダイセは、熊をおびき寄せるために、私とヒナモを囮の餌として利用したんじゃないか?』と・・・・、何故ならその日に限って私たちは、いつも寝ていた洞窟の奥ではなく入口付近に移されたのですから・・・・、そんな不安を感じながらも、体を清潔に保つのが難しい状況だったので、ヒナモは「かゆい、かゆい」って言い、時々体中をかきむしっていました。モユナはダイセからドクダミ等から作られたかゆみ止めの薬を手渡され、塗ってあげたりしていました。さすらいの人生が長かったダイセは、自然の中で生きていく術をよく知っていて、ヒナモとモユナに盛んに別の地域から猟ってきた汚染されていないだろう野菜等をやたらと食べさせようとしました。この地域の汚染された野草や果物、木の実等は解毒が難しくあまり食べられないので、そうするしかなかったのです。敵から自分の身を守る為に、わざとこんな毒まみれの土地で生きることを選んだダイセでしたが、それは一種の危険な綱渡りでもあったのです。なので、ついついモユナとヒナモにも色々と口うるさく言ってしまうのでした。けれどやはり、ひょっとしてドクダミから作った薬も、毒の無い野菜も全て偽物で、本当はただの水か毒まみれの野菜だとしたら・・・・、姉妹の真珠のコーティングがどれ程威力があるのか、それを知る偽りの実験だとしたら・・・・、やはりダイセは悪党だったのですね、いえマッドサイエンティストだったのです。
自然の中で生きていくには、病気やケガ等の予防が最も大切なことは言うまでもありません、けれどいくら気を付けていても心身のバランスを乱して体調を崩すことは多々あります、なので病気をしてしまう前に、日頃から自然治癒力を高めることが必要なのです、漢方薬や鍼灸、按摩なども活用して、ダイセは心身のバランスを整えることに努めていました。けれどヒナモとモユナに出会ってからは、宝石や鉱物の力で人間を守ったり、新しい力を得るということに俄然興味が沸き、どうしてもそれを研究してみたくてたまらなくなりつつありました、けれどあまり上手く行ってないようでした。ダイセは体よりも心がかなり老化するタイプの人間のようで、最近は思考回路を築くのがとても苦手になっていたのです、それは薬でどうにかなるものではなく、いわば不治の病でした。凄くストレスを感じてしまうので、ますます人間嫌いになっていくのでしたが、何故だかヒナモとモユナに対してはキレイなものに魅かれる2人に、「スズランの花と根には、結構強い毒があるから絶対に気を付けろ!」と何度も言いました、一応心配しているようでしたが、ひょっとするとスズランの毒に興味を持たせ、何かたくらんでいるのかもしれません。
また道具や武器等の手入れにも熱心で、常にサバイバルナイフの刀先を研いだりしていましたし、小さな一見お猿さんのオモチャに見えるものをたくさん持っていて、「今は全部壊れているが、昔は武器として充分役立っていたんだ」等と、ひとり呟いていました、そんな緊張もありつつ、少しまったりとした時間が流れていた午後でした・・・・。


それは、突然の出来事でした。ダイセはその時、何者かが出入り口付近のワナを慎重に避けようとしている気配を察知し、外の方に目を向けました。と、次の瞬間、洞窟の中めがけて手榴弾のようなものが、いくつか投げ込まれたのです。けれど全て途中、透明なネットに跳ね返され爆発しました、さっきのオモチャのようなものは実は壊れてなくて、いくつかが組み合わされ、バリアのようなネットを張れるメカだったのです。あたり一面モンモンとした煙の中、ダイセは物凄いスピードでモユナとヒナモを両腕に抱え洞窟の奥へ走り、2人を安全と思われる場所のくぼみに座らせ、「お前らはここでおとなしくしてろ!分かったな!」と強く言うと、再び俊敏な足取りで入り口の方へ向かいました。しかしその背中には石等の破片がいくつか突き刺さり、血が滲んでいました。
少しして猛烈な閃光と音が鳴り響きました。モユナとヒナモは目を閉じ耳を塞ぎ、抱き合って怯えていました。幾つかの断末魔の叫び声が響き・・・・そして静寂・・・・、しばらくしてダイセがゆっくりとヒナモとモユナの所へ戻って来ました、モユナは初めてダイセに対し、好意と希望を含んだ目を向けました。『あんなに強いんだから、今度だってきっと侵入者をやっつけてくれたに違いない』と・・・・、しかしダイセの背後には数人の追手の男たちの姿がありました、彼らの興味津々のいやらしい目が、なめるように真珠の光りでコーティングされたモユナとヒナモの体をジッと見ています・・・・。そこに媚びるようなダイセの声で、「なっ凄いだろ!まるで宝石のように輝いているだろ!、だからこいつら殺すにゃもったいないぜ!、きっと高く売れるぜっ!なっ!そう思うだろ!」・・・・その言葉にショックを受けているモユナとヒナモ、特にモユナの絶望的な表情、けれどダイセは、ちょっと油断してニヤニヤ顔の追手の悪党どもを、最後に残った渾身の力でなぎ倒していきました、敵もこの地の毒のせいでかなり弱体化させられていたのです・・・・、しかし所詮、多勢に無勢、既に深い傷をおっていたダイセは数分の後、皆で一斉に取り押さえられ、体中を切り刻まれ、ねじ伏せられてしまいました。それでもダイセは十数人、半分程の敵を倒したのです。しかしさすがにこれ以上は、どうすることもできませんでした。追手の中にはそれなりに力のある者もいたのです、そしてやはり「チチンプープーチチンプー」の鼻唄と世界最強武器商人国家のメロディーが不気味に気味悪く流れていました。
 やがて血だらけで息も絶え絶えのダイセは、地面にはいつくばり土をなめながらモユナとヒナモに近づき、絞り出すような声で、こう伝えました、「これからおまえら姉妹には、とんでもねぇ惨めで、残酷でクソみたいな、地獄のようなドン底の日々が待ち受けている・・・・、だっ・・・・、だけど耐えろ!耐えて!耐えて!耐え抜け!!、絶対に死ぬな!!(追手の悪党どもはその様子を見て、いかにもバカにしたようにゲラゲラと笑っていました)、それがお前らのことを思い、こんなにキレイな真珠の輝きで包み込んでくれた、母ちゃんと父ちゃんの思いに応えることだ!(ここから小声になり)そしてお前らにはやがて、父ちゃんと同じ鋼鉄の力が芽生えてくる、その時がチャンスだ!、だから(口から大量の血を吐き)・・・・耐えろ!!・・・・耐えてお互いを守れ!!・・・・」、息絶え白目をむき、顔を地面にうずめるダイセ、直後、かすかな声で「後は頼んだぞ、オエトック・・・・」と呟いていました・・・・、急に大声で泣き出したヒナモを抱きしめ、血まみれで死んでいったダイセを見つめるモユナ、体の震えが止まりません、声も出ません・・・・。ダイセが残した最後の一言、「後は、頼んだオエトック」、ヒナモはその言葉が、何故だかとても気になって仕方ありませんでした。
そんなモユナとヒナモを追手の悪党どもは、例によって「チチンプープーチチンプー」の超キモイ鼻唄と世界最強の武器商人国家の旋律と共に、ニヤニヤと下劣に笑いながら連れ去ろうとしました、が、その時突然、洞窟の奥から大量のコウモリさんたちが現れ、あたり一面を覆い始めたのです。一瞬たじろぎ身構える悪党ども、けれど結局、何も起こりませんでした。ただその中に白いコウモリさんが1匹(よく見ると雪豹模様)飛んでいただけでした。放心したような表情のモユナとヒナモ、けれど何故だかこんな絶望的な状況にも関わらず、ヒナモが急にその場で逆立ちをしたのです。すぐに転んでしまったので慌ててモユナが駆け寄り助けました。倒れたヒナモはじっと空を見ていました。モユナもつられて空を見上げました。そこにはどこまでも広がる青い青い空があり、遥か彼方に命の源である『日の元星』が輝いていました。


『ピジョンブラッド』・モユナの心の底に燃え続ける宝石たち
季節は梅雨に入ろうとしていました。洞窟の外には奇形のバラ、あじさい、ムクゲ、ハナショウブ、クチナシ、カラー、クレマチス、アルストロメリア、カーネーション、サツキ、シャクヤク、スイレン、スズラン、アヤメ、カキツバタ等の花々が咲き乱れ、連れ去られていくモユナとヒナモを悲しげに見送っているようでした・・・・。その時からなのです、モユナが異常なほど我慢強くなったのは・・・・、目の前で死んでいった血だらけのダイセの姿と言葉が心に焼き付いて離れなかったのかもしれません、きっとその姿が自分とヒナモを必死に守ってくれた両親と重なって見えたのでしょう・・・・。モユナは幼心に両親の思いとダイセの最後の言葉を胸に刻みつけ、生き抜いて行く覚悟をしたのです。
大空を飛ぶ様々な鳥たちの群れ、その向こうに2羽のパンダカさんもいました。本当に仲良く気持ち良さげに飛んでいます、けれど良く見ると雪豹柄のコウモリさんも一匹一緒に飛んでいました、それもごく自然に違和感なく・・・・。


案の定モユナとヒナモは、追手の悪党どもにより「チチンプープーチチンプー」の気味悪い鼻唄と、世界一の武器商人国家の旋律が、これでもかというほど不気味に混ざり合い、響き渡る淫靡で怪しい旅の宿に売り飛ばされてしまいました。5歳だった姉のモユナは皮肉なことに『すずらん』という源氏名を付けられ、最年少の幼女売春婦として無理やり働かされ、地獄のような苦しみを日々味わされて行くのでした・・・・。さらに、こともあろうか超絶がめつい宿の悪徳主人によって、臓器売買の餌食にもされてしまったのです。腎臓だけではありません、小さな子宮までとられてしまい、とても普通では耐えられないような痛みと屈辱、人間としての尊厳を完全に奪われ、心は何度も何度も殺されてしまいました。気が狂いそうな辛い体験にみまわれ、毎日生きているのか死んでいるのか分からない程でした、けれど『妹の為にも絶対に死ねない!・・・・でも・・・・』とモユナは常に生と死の間を彷徨い、必死に自分と闘っていたのです。
さすがに2歳のヒナモは幼すぎて、売春婦として働かされることはありませんでした、けれど幼児を好む変態はどの世界にも腐るほどいて、無理やり働かされるのは時間の問題でした、『それだけは絶対に阻止したい!』、モユナはそう強く思い、日々懸命に耐え必死に生き抜き、何とかならないかと糸口を捜していました。『母の面影が強く残る妹ヒナモを守り抜く!!』、その思いこそが今のモユナにとって大きな心の支えであり、生きる原動力だったのです・・・・。そしてヒナモの方はと言えば、以前と比べ驚くほどおとなしく静かになりました、姉の手をわずらわすことが殆どなくなったのです、幼心に姉を思いやる気持ちが強くなったのでしょう・・・・。
売春宿の控室には、高い位置に小さな窓がひとつあり、そこから遠くに巨大な雪山が連なっているのがかすかに見えました、その中のひとつの山からは常に噴煙が出ていたので、活火山であることが分かりました、その山の煙をじっと見つめているモユナとヒナモ、2人の顔はやつれ青ざめていましたが、お互いの手をしっかりと握り、背筋は驚く程ピンと伸びていました、そして今、真珠色のコーティングの光りは決して強くはありませんでしたが、いつでも限界まで解き放てるようにしっかり準備されている、そんな輝き方でした。
それにしても・・・・とモユナは思うのです・・・・、『人はやはり自分の為ではなく、愛する者の為に生きているのだと・・・・、そうでなければ、こんなに辛い地獄のような日々を、私は生きていられるはずがない、毎日毎日、変態客にいたぶられ続ける私の体と心、死んでしまいたいという気持ちが途切れない日々、かろうじて耐え生きているのは・・・・、もうよそう、堂々巡りはもうよそう、そうしないと優しくて温かい記憶も、大切にされた記憶も全部どこかへいってしまいそう・・・・、何とか生を繋ぎ止められているのは、母の真珠層のコーティングのおかげ、体だけでなく心までコーティングしてくれている・・・・』、さらに髪の毛の中に静かに潜んでいるワイルドオカイコさんの力もありました、心の中の大切な部分を繭で覆い守ってくれているような、そんな気がしていたのです・・・・。そして近い将来、自分にも宿る父の鋼鉄の力、それは未来を切り開いてくれる希望そのものでした・・・・、そう信じる心が、モユナの魂をギリギリの所で支えているのです、『母と父の最愛の力が、今の自分とヒナモを生かしている!、そうじゃなければ、私はとっくに死んでいる、ヒナモを守り切れずに死んでいる・・・・』、モユナは絶対的に両親の愛を強く信じていました、逆にそう信じ込まなければ、生きていけなかったのかもしれませんが・・・・。
ヒナモの瞳の奥をじっと見つめるモユナ、そこに映るのは優しい両親の笑顔、そして美しく静かに光り輝く無数の星々、けれどその中にある小さな『ふるさと星』には、嘆き悲しみ惨めに殺されていく多くの人々がいました・・・・。そんな中を、けなげに懸命に闘い続ける魂たちも確実にいたのです、ゆるぎなき信念のもとに・・・・。


夢・光り・希望・『カラーチェンジガーネット』の世界へ
ついに運命の早春の一日が訪れました。モユナは7歳、ヒナモは4歳になっていました。梅や桃、菜の花、タンポポ、水仙、福寿草、パンジー、ユキヤナギ、スミレ、ヒヤシンス、キンセンカさん等が、急に元気になったように感じたその日、遠くに見える噴煙を上げ続けていた火山が突然、何百年に一度かの大噴火を起こしたのです・・・・。その影響は凄まじく、街中がパニックに陥りました。
そんな混乱の最中、モユナとヒナモは必死に命からがら最悪の場所から脱出することに、何とか成功したのです。それはモユナとヒナモの中に芽生えつつあった予知(きっと祖母か祖父の能力を受け継いだものなのでしょう)と鋼鉄の能力のたまものであり、それ以上に心構えと準備ができていたからなのです。『これでもう、地獄のような日々から解放される!ヒナモと一緒に新しい道を進んでいける!』、そんな思いもあいまって『何としてでも逃げ切る!!』という懸命な思いから、モユナの中に芽生え始めていた強力な鋼鉄の能力が今、完全に開花したのです。噴火により高速で飛んでくる大小の噴石は鋼鉄に変えた腕と足、背中で防ぎ、火砕流が来る前にヒナモを抱きかかえ、両腕両脚を鋼鉄のかぎ爪に変えて石の壁をよじ登ります、また鋼鉄の足を板バネ状に変え、津波のような大量の融雪型火山泥流から大ジャンプ、何とか逃げ切りました。超人的な力でモユナはヒナモと共に、必死に危機から脱出していきます・・・・。けれど能力の無い多くの人々は、災害に飲み込まれ死んで行きました、そこには善人もいれば悪人もいたでしょう、けれど多くは『地球』と同じ、その両方の面を持った普通の人たちでした・・・・、モユナは皆助けたいと思いました、けれどそれは無理な話でした、ヒナモと2人、逃げるのに精一杯だったのですから・・・・。
ホッとしたのも束の間、第2の大噴火と強風により発生した大竜巻のせいで、モユナとヒナモは海と山、別々の方向に吹き飛ばされ、遠く離れ離れになってしまいました。大海まで吹き飛ばされたモユナは、全身を真珠と鋼鉄のコーティング、そして髪の毛の中にいたワイルドオカイコさんが作ってくれた繭の力で守られていたこともあり、致命的なケガからは免れていました。けれど鉄の重みで今にも海に沈み、溺れそうでした・・・・。ちょうどその時、近くを航行中だった若きハルルさん(男性でありながら絶世の美女と呼ばれていたトランスジェンダー)が船長をしている中型の運搬船にモユナは運よく救助されました。ちなみにこの船は、船長を含め全員が『体は男性でも心は女性、そして外観も皆女性的』という個性的なクルーたちによって運航されていたので、男性拒否症状の強いモユナにとっては有難い環境でした、後にそこで長く生活して行けたのは、そういう理由からでした。
意識もうろうとしているモユナでしたが、しっかりと握られていたはずの手の先に妹のヒナモがいないことに気づき、必死に辺りを捜そうと体を動かします、が、すぐに激痛が走りました。叫び声を上げ、顔を歪めるモユナ、意識が遠のき気絶してしまいそうになるのです、そしてモユナの脳裏に白昼夢のようなイメージが浮かび・・・・『楽しそうに菜の花畑を走る幼いヒナモとモユナ、そこへ突然、モノリスのような巨大な壁が空から落ちて来て、2人の間を遮ってしまいます。驚いている姉妹に向けて、その壁からは先端に大きな目のある男根のような鉄槍が物凄いスピードで伸びてきて、容赦なく2人を串刺しにしてしまいます、叫び声が響き渡り、辺り一面、血の海です、それはやっとヒナモと2人、新しい未来を生きられる、希望の道が開けた!、そう思ったモユナを失意のドン底に突き落とす悪夢』でした・・・・。たったひとつの心の支え、ヒナモと離れ離れになってしまい、身も心も疲れ果て傷つき・・・・、けれど何としてでも助けに行かなければならない!と、声なき声で泣き叫び、言葉にならない言葉を発し、しどろもどろになりながらも、心が張り裂けそうになりながらも、何度も何度も「ヒナモー!ヒナモー!」と狂ったように小さな声で呼び続けていたのです。


一方、大きな雪山に吹き飛ばされたヒナモは、モユナと同じように全身を覆う母の真珠のコーティングとワイルドオカイコさんの繭の力と、ヒナモにも芽生えつつあった父の鋼鉄の力で、本能的に頭部を中心に全身を保護していました・・・・。大竜巻に吹き飛ばされたことによる大ケガも無く、運良く噴火している火山とは別の雪山の中腹、深い雪の中にスッポリとのめり込むような状態で気絶していました。しばらくして雪の冷たさで我に返ったヒナモは、雄叫びを上げながら雪の中から空中に飛び出しました。するとちょうどそこに雪豹のお母さんがいたのです。ビックリした顔をしています。しかしすぐに手頃な獲物がいると認識したのか、不気味にうなり声をあげ始めました。けれど寝ぼけまなこのヒナモは、キョトンとしているばかりでした。


再び船上のモユナですが、意識が戻ったのか、息も絶え絶えにもかかわらず、大切な妹ヒナモのことだけを必死に呼び続けていました。「助けなきゃ!捜さなきゃ!」と、傷ついた体を必死に動かそうとします。けれど治療しようとしてモユナの体を押さえていたハルルさんたちの力が強くて動けません、どうやら手足とも骨折しているようでした。しかしモユナはそれでも大粒の涙を流し、体を起こそうとするのです。「きっと泣いている、怖がっている」と必死に何としてでも立ち上がろうとしました。
それを止めようとしている必死のハルルさんたちは、その時、モユナの手首にあった幼女売春婦の証であるダブルスカルの刺青と、脇と下腹部の傷(腎臓と子宮を取り出された手術の痕)を見たのです。見てはいけないものを見てしまったかのように、悲痛な表情になるハルルさんと仲間のクルーたち。念のため足首を見てみると、やはり足かせで付いた傷が複数ありました・・・・。『この子は性奴隷のような生活をさせられていた、けれどあの大噴火により、おそらく妹と一緒に逃げ出すことに成功したんだ、それはまさに2人の成し遂げた奇跡!・・・・』、ハルルさんたちの表情はより厳しいものになっていきました。その後ハルルさんは優しく丁寧にモユナを気づかい、落ち着かせ、手当てするのかと思いきや、物凄く激しいビンタを3発ほどモユナに浴びせ、おとなしくさせました。けれどまだモユナは大粒の涙を流し、動かない体を必死に動かそうともがいていました。それを見るハルルさんの目にも、汗なのか涙なのか滲むものがありました。他のクルーたちも同じでした、大なり小なり皆モユナと同じような経験をしていたからです・・・・。


その頃、雪山では4つ足で走っているヒナモが、逃げる雪豹のお母さんを楽しそうに追いかけていました。「え!四つ足?・・・・」、けれど本当なんです、出会ってすぐ体中の色々な所を鉄にして、スコップやクワ、シャベル等に変え、雪をかきむしったり、転げまわったり、高くジャンプしたりと、様々に変なことをするヒナモの姿を見た雪豹のお母さんは、『こいつは、ちょっとヤバイ奴に違いない!』って思ったのでしょう。すぐさまきびすを返し逃げ出したのです。野生動物の判断は一瞬です!、逃げることにちゅうちょはありません、命がかかっているのですから・・・・。大きな尻尾でバランスをとり、雪山や岩山を上がったり下がったりして、すぐに引き離して逃げ切れる、と思っていた雪豹のお母さんなのですが、なかなか振り切れません。むしろヒナモの方が近づいて来る感じです、物凄く焦ってしまう雪豹のお母さん、ならばここで返り討ちにしてやろうと思い、立ち止まり振り返り「ガオー」って唸り威嚇しました!、しかし、なっ!なんということでしょう!、4つ足で走っていたヒナモはとても寒かったのか、いつの間にか雪豹のお母さんとそっくりの毛並みが全身を覆い、本当に雪豹の子供みたいになっていたのです。すぐに雪豹のお母さんに体をこすりつけ、甘え始めます、キョトンとしてしまうお母さん、でもホッとしたのも事実です、ちょうど雌の子供が欲しかったのかもしれません、お母さんはヒナモの体をペロペロと優しくなめ始めました、とっても嬉しそうなヒナモ、うっとりとした表情です・・・・。ちなみにヒナモの藍染の服はマフラーのような形になり、雪豹のヒナモの首にしっかりと巻かれていました。


────約1年後────
『白く濁ったムーンストーン』が透明になった時
大海原を行く中型の貨物船、クルーの中では一番年下で体も小さかったモユナですが、ケガもすっかり治り、身も心も元気になって一生懸命働いていました。仕事は航海士や機関士、
通信士、料理長の補佐がメインでしたが、暇さえあれば掃除、洗濯等を一生懸命やっていました、どこででも生きて行く上で大切な基本中の基中のことだと思っていたからです、8歳になっていたモユナは相変わらず藍染の服を着ていましたが、サイズ直しされ、より丈夫にバージョンアップされているようで、動きもシャキッとしていてシャープでした。今はデッキブラシを持ち、キビキビと甲板の掃除をしていていました、先輩たちにも可愛がられているのか、良く声を掛けられていました。そのイキイキとした表情は本物でした。けれどまだ妹ヒナモを救えなかったことが、とても大きな心の傷になっていて自己肯定感はゼロ、いえマイナスでした。自分の無力さが許せず、いつも苦しんでいました、そこから少しでも心を軽くしたいのでしょう、とにかく体を動かしてクタクタになるまで働いていました、荷揚げ荷降ろしから、夜間の見回り見張り等も積極的にしていました、けれどせっかく開花した両親から受け継いだ能力も、心に強いショックを受けたせいなのか、今は殆ど消えていて情けない状態でした。なおかつ、ぬぐい切れない男性不信は大きく、今でも幼女売春婦だったという記憶から毎晩悪夢にうなされ、寝言で叫んだりして、それらがモユナを苦しめ続ける元凶であるのは間違いありませんでした。
この船のクルーたち14人は、モユナの様子を見て見ぬふりしてくれていました、やはり船長のハルルさんを始め全員が、モユナの気持ちが実感として理解できるバックボーンを持っていたからです・・・・。また中には手術により、体を男性から女性に変えたという人も何人かいて、そういう人たちに対してモユナは尊敬と勇気のようなものを感じるのと同時に、あまり思い出したくない腎臓と子宮摘出という自身の手術のことも思い出し、恐怖と痛みと屈辱、そして怒りまでもが甦ってきて、どうにかなりそうでした。今でもそれらの感情がフラッシュバックのように心を襲い、苦しみで押しつぶされそうになり、日々悔しさや辛さが消えることはありませんでした、けれど先輩たちに対する尊敬と勇気を感じる心の方がそれらを上回り、自分を保てていました・・・・。にも拘わらず、時々抑えても抑えきれずに噴き出してくる自分への殺意!!、どこにもぶつけようのない憤りと深い悲しみと惨めさは自分自身へと向けられるしかなく、髪の毛をかきむしる、自分自身を叩く、手首等を切り刻むなどの自傷行為を繰り返していました。そんなことしても何の解決にもならないことは分かっていました、けれどやめられないのです、惨めな自分をどんどん追い込み、ますます惨めになっていく、悪循環でしかないにも関わらず・・・・、そしていつしか『人間を越える存在』に対しても、怒りをぶつけるようになっていきました。
『妹を守ることができなかった私をなぜ生かしているのですか!?、どうして妹を生かし、私を殺さなかったのですか!?、私は妹の為にだけ生きてきたのに・・・・、そんな私が生かされた意味なんてあるのですか!?、何故、何故、何故!?・・・・分からない!、分からない!、分からない!・・・・、(怒りを含む涙声で)私だけじゃない、あの最低最悪の旅の宿で人間扱いされなかった子たちがどれほどいたか!!、絶望の日々がどれだけ続いたか!!、電気ショックや拷問で苦しめられ、虐げられ手術等で殺されかけた日々、実際、死んでしまった子も大勢いた・・・・、その子たちのことを思うと、私はただただ悔しい!、悔しくて悲しくて!、本当にどうにかなりそうになる!・・・・、けれど今、私の周りには、こんな私でもいたわってくれる人たちがいる、優しく理解してくれる人たちがいる、だから私は死ねない!、何としても生き抜く!・・・・、血の海に突き落とされた多くの仲間たちの為にも!・・・・、皆の思いに応えなければ、私は死んでも死に切れない!、だからどんなに苦しくても生きていく!・・・・、生かされているのだから・・・・』。
どこまでも続く水平線、その大海に浮かぶモユナの乗る船・・・・。大空には2羽のパンダカさんが気流を滑るように爽やかに飛んでいました、そして一羽のパンダカさんの背中には少し弱っているのか、グッタリした感じの雪豹柄のコウモリさんがおとなしくくっついていました、新しいことに挑戦したけれど上手くいかなかった、いえ、ただの寿命だったのかもしれません、きっと大空で死を迎えたかったのでしょう、自然に帰りたかったのです・・・・。
ハルルさんは独自のルートで、モユナの妹ヒナモのことを捜し続けてくれていました。それを知った時、モユナは嬉しくて、嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。今やモユナはハルルさんの美しい外見ではなく、弱者に対してどこまでも優しい内面に、その器の広さに物凄く魅力を感じ、崇高さまで感じていました、けれどハルルさん自身も幾度となく自分の存在に悩み、苦しみ、信頼していた人に裏切られ、味方と思っていた人が敵となり、散々傷付けられ、ひどい目にあってきたのです、なのでその心は傷だらけでした。何度も何度も手当てした痕があるのです。ある日、そのことをハルルさんは少し恥ずかしそうにモユナに諭すように話し出しました。最初モユナは少しショックを受け、聞きたくないなと思いました、けれどハルルさんが「仲間の中には神はいないし、神の代弁者もいない、みんな悩み苦しむ同じ人間なの、だから分かり合えるし協力し合える、一緒にも闘っていける・・・・」、ハルルさんの心がモユナに優しく語りかけ続けます、「女同士、絶対に助け合わなきゃ前に進めないわ、いつまでも男社会に操られ、いがみあってるなんて虚しいだけ、だから助け合って、支え合って行きましょう、何も心配しないで、ここにいる皆はどこまでも真っすぐな心を持つあなたのことが大好きなのよ・・・・」、そんなこと言われたのは初めてでした、他者からそこまで肯定的なことを言われるなんて、モユナは思わず泣き出してしまいました。『今までずっと女性という部分が自分にとってはマイナスでしかなくて、誰も守ってくれなくて、助けてくれなくて、救ってくれなくて、でもハルルさんに出会ってから私は、私は・・・・』。厳しくも心優しい仲間たちに囲まれ、再び歩み出すことができたモユナは、だから皆と一緒に生きていきたい!、ハルルさんと一緒に生きていきたい!、そしていつか、自分自身を少しでも肯定することができたなら・・・・どんなにいいだろう、だから少しでも前向きに懸命に生きて行こう、そうすればヒナモとも必ず再会できる、そんな気がしていたのです・・・・、明るい未来を感じさせてくれる人、それがハルルさんでした。
『・・・・そうだ、まだヒナモが死んだって決まった訳じゃない!、いえ私には分かる!、ヒナモは生きている!、必ず生きている!、あの子のイキイキとした様子が伝わって来る!、手に取るようにそれが分かる!、その思いは日々強くなっていく・・・・』。モユナに身に付いた能力も今は殆ど消えてしまいましたが、唯一テレパシー的なものは復活しつつあったのです、『心から信じよう!、第7能力を信じよう!、自分を信じよう・・・・』、モユナは素直にそう思っていました。


その後、何度目かの航海の途中、火山の大噴火にみまわれたあの街を、モユナはハルルさんたちと一緒に訪れました。けれど、その惨状のあまりの凄まじさに、ここでは誰も生き残れなかったと絶望的な気持ちになり、かなり落ち込んでしまいました。破壊された町を見ると、息ができなくなるほど苦しくなるのです。戦争の爪痕のような街の残骸の中を彷徨うと、それらに強く影響させられてしまうのか、心の中の大切なものが次々と壊れていくような気がして・・・・、モユナは思います、『もう修復不可能なのかもしれない、この街も・・・・私の体も、どうやったって私の体は汚れ切っている、洗っても洗ってもキレイになることはない惨めな私の心と体は、この世から消えてなくなることを望んでいる・・・・』、自分の中の最大の傷と多くの人々の生と死を結び付けてしまい、胸が締め付けられて心臓がつぶれそうになるモユナでした、『苦しい、息ができない、また過呼吸がやってくる・・・・』、徹底的に破壊された街、森、山、川、もう2度と会えない母と父、悲しくて辛くてやりきれない思い、消し去ろうとしても消し去れない心身の傷、植え付けられたトラウマ、堂々巡りが繰り返される悪夢さえも日常になっていく残酷な時間の連鎖、まるで治療困難な不治の病が増殖していくような恐怖・・・・、こうしてある時は絶望の渦に巻き込まれ、ある時は強く希望を感じることもあり、どうしようもなく気持ちは日々揺れ動きました。
いつでも女性的な美しさで輝いている船長のハルルさんは、たとえどんなにモユナが落ち込んでいても、たとえ体調が悪くても、常に厳しく接しました。なぜならモユナの場合、殆どが精神的なことが原因だということが分かっていたからです。心を鍛えるしかないのです・・・・。その為には今眠っている第7能力を呼び覚ますしかないのでしょう、そういうことをハルルさんはモユナの髪の毛の中にいるワイルドオカイコさんから教えてもらいました。実はハルルさんも少し人間以外の生物さんたちの言葉が分かったのです。このことは今までも、そしてこれからも、とても役立っていくものでした。けれどそれはモユナに対してという訳ではなく、誰に対しても同じでした。そういうことを徹底してできるのは、結局ハルルさんが自分自身に対して一番厳しかったからなのでしょう、多くの事柄に対して、とてもストイックなのですから・・・・。皆の命を預かっている船長としては至極当然のことだったのです、けれどだからこそ、全クルーはハルルさんをリーダーとしてリスペクトしていました。そしてモユナも常に憧れと尊敬のまなざしを向け、『ハルルさんのように、私も強くなりたい・・・・!』といつも願い、そう思うことが心と体を安定させるひとつの大切な要素でした。


一方ヒナモの方はと言えば、雪もだいぶ解け、厳しかった冬も終わりに近づいていた頃、雪豹の子供たちもそれぞれ独自に狩りをするようになっていました、皆だいぶ慣れていて、その中にすっかり雪豹になりきっていたヒナモもいました、小柄ですが狩りも上手にこなしており、野生のヤギやヒツジの仲間でパーウルやアイベックス、アルガリ、マーコール等の草食動物を狩り食すのですが、それは野生の世界で生きていく上では当り前のことでした、そうしなければ生きていけないのです、毎日毎日必死でした、人間の世界とは天と地、いえ天国と地獄ほどの違いがありました。食糧が獲れなければ死、ケガをすれば死、病気になれば死、戦いに負ければ死、野生動物に置かれている立場は、厳しさ以外何もありませんでした。
ヒナモはすっかり雪豹としての生活に適応し、何とか暮らしているように見えました、けれどある程度成長すると家族と離れ、個で活動するようになるので、そういう独り立ちした雪豹の生活にヒナモはどうしても馴染めませんでした、人間の子供としての情感が、まだ残っていたからなのかもしれません、寂しさが募ってしまい、時々お母さん雪豹に会いに行き甘えてしまうのです・・・・。しかし頻繁には行けません、それぞれが個として生きていくのが雪豹の定めなのですから・・・・。よく晴れた空には今日もパンダカさんが2羽飛んでいました、珍しくケンカしたのか、何だかトゲトゲした雰囲気でした、そして雪豹柄のコウモリさんは、もうどこにもいませんでした・・・・。空はどこまでも青く澄んでいて、空気は彼方まで透き通っていました。


─────さらに数年後────
幼い頃の記憶は涙色の『ファンシーブルー&レッドダイヤモンド』
ヒナモとモユナ・・・・、別々の生き方をせざるを得なかった姉妹に、ようやく再会のチャンスが巡って来ました。その日、雪豹のヒナモは体調があまり良くありませんでした。なので、大きな岩のすき間の巣の中で動かずにジッとしていました。けれどそれぞれの家族がそれぞれの縄張りで狩りを一生懸命している姿は、とても鮮明に感じていました。いつの頃からかこういう千里眼的な能力も芽生えてきて、あきらかにヒナモは姉モユナ以上に両親から、また一族のもっと前の世代から様々な能力を受け継いでいるようでした。ただしモユナの方はヒナモと離れ離れになってしまったショックから、自分の中に芽生えた能力を無意識なのか意識的なのか、大幅に封印してしまっていましたが・・・・。
こんな日には必ず思い出すことがヒナモにはありました。幼い頃、ひどく醜悪で汚れ切った変態たちの集まる旅の宿、そこでの最低最悪の日々のことを・・・・、幼女売春婦として無理やり働かされていた姉モユナのことを・・・・、そんな辛さと苦しさの真っただ中にいた姉に、心身共に頼りきっていた自分のことを・・・・、水も食べ物も、全て姉がどこからか持ってきてくれた・・・・、私は何もできず、うずくまって毎日毎日泣いていた。姉がいなければ到底生きていけなかった・・・・。ある時、いつも明け方には戻って来る姉がその日は戻って来なかった、私は不安で、不安で気が狂いそうになった。けれど昼過ぎ、姉は目に涙をいっぱいためて帰って来た、そして私を抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と何度も何度も謝ったのです。その日、姉はきっとひとり、死のうとしたのだと思います。あまりの辛さに耐えきれず・・・・、私も姉も泣きました、ただひたすら抱き合って泣きました・・・・。そんなことが何度かありました・・・・、けれど今、雪豹として生きているヒナモにとっては、遠い昔の夢のようで、もう姉のことも、だいぶ忘れかけているような気さえするのでした・・・・。
そんな感じで、体がだるく眠気も強くてウトウトしていたヒナモが、『今日はこんな感じで一日が終わるのかな』と思っていた矢先、大きな銃声が1発、続いて2発3発と響きました。ハッとするヒナモ、目を見開き、急いで巣穴の外に飛び出し、銃声のした方へと向かいます、必死の形相です。大きな尻尾でバランスをとり、巨大な岩山を駆け抜けます。
岩陰から、ある一点を見つめている雪豹のヒナモ、だいぶ距離がありますが、何が起こったのかハッキリと分かっていました・・・・。目からはポロポロと大粒の涙がこぼれてきます・・・・。そこには3体の雪豹(1体はお母さん、後の2体は兄のラギヒロとハセシ)の遺体が無造作に集められていました。猟師の男たち4人が嬉しそうにタバコをふかし、「チチンプープーチチンプー」というキモイ鼻唄と、世界最強の武器商人国家のメロディーを気味悪く響かせながら、楽しそうに談笑していました。ヒナモは血に染まった雪豹の家族の姿を大きく目を見開き、悲しみに耐えながら見つめています・・・・、と、その時、猟師のひとりが死んだ雪豹のお母さんの頭を踏みつけるように蹴ったのです・・・・。その時ヒナモの表情が一瞬で絶望的な悲しみから、凄まじい怒りへと変わりました。そして風が・・・・、穏やかに吹いていた風がピタリと止まった次の瞬間、物凄い疾風が、そこにいた猟師の男たち全員をアッという間に大空に吹き上げたのです、同時に雪豹のヒナモが物凄いスピードの大ジャンプをして宙を舞い、爪と牙で猟師の男たちを次々に切り刻み、地面に叩きつけていきました、全員血まみれです。空を飛ぶ視力の良いパンダカさんたちでさえ、速すぎて何が起こったのか分からないようで、何度も旋回しながら不安気な鳴き声を上げていました。けれど死んでしまったと思っていた雪豹柄のコウモリさんは、何故か今度は空飛ぶ雪豹のヒナモの体にしっかりとくっついていました、どうやらそのおかげなのでしょう、軽やかに空を飛べたのは・・・・。


『レッドダイヤモンド』・覚醒の毛並み
 巣穴の中、3体の雪豹の家族の遺体にしがみついて泣いているヒナモ、精神的ショックが大きすぎたのか、豹柄の毛並みの黒い部分が薄まって行き、真っ白な姿に変わっていきました。そしてヒナモは何を思ったのか、体中に殺された家族の血を塗りたくり全身真っ赤になり、巣穴の外へゆっくりと歩み出て行ったのです、何かを決意したかのような厳しい眼の表情でした。
そして再び疾風のごとく、あっという間にその場からいなくなり、凄まじいスピードで山麓の村々へ行き、猟師らしき男たちを全員血祭りにあげていきました。子供や女性には目もくれず、大人の男たちだけターゲットでした。そいつらはだいたい匂いでも分かりましたが、どいつもこいつも「チチンプープーチチンプー」のキモイ鼻唄や、最強の武器商人国家の旋律を気味悪く響かせていたので簡単でした、ヒナモはそれを耳にするだけで怒りが爆発的に膨れ上がり、自分でも思いもよらないような空前絶後の力が出てくるのでした。村々は血に染まり、悪どい男どもだけが被害に遭うという事態が続出し、男たちは恐怖のドン底に突き落とされました。けれどヒナモは雪豹のお母さんから「殺すのは食べる時だけだよ」って厳しく言われていたので、誰ひとり殺すことはなく手足を中心に攻撃して行きました、つまり半死半生の状態にして行ったのです。致命症には至りませんが、大ケガには違いありませんでした、それまでの強者が弱者として生きて行くことになるのです。そしていつの間にか雪豹のヒナモの体は、真珠層のコーティングの輝きと燃え盛る増悪の感情とも相まって、まばゆく光る本物のレッドダイヤモンドのように輝いていました。
それにしても、そのスピードと行動範囲、信じられないほどのスタミナは、まさにモンスターでした。神出鬼没の早ワザで、村を町を都市をひとつの国を滅ぼす程の勢いです、完全に暴走していました。あまり良い状態とは言えません、まさに緊急事態です。いくら今は、人間に恨みを持つ雪豹のヒナモだとしても、元は普通の人間の女の子なのですから、本当に良くない状態です、けれどヒナモの興奮は収まりません、背中にくっついている雪豹柄のコウモリさんや体毛の中のワイルドオカイコさんが、よりヒナモの能力を高めてくれたのか、とにかく体が軽いのです、凄まじいパワーが溢れてくるのです、そこには敵に対する怒りと軽蔑がみなぎっていました。 
そして突然の雷鳴と共に、ヒナモの心に懐かしい、懐かしい、とっても懐かしい姉モユナの声が響いてきたのです。それも絶体絶命の叫び声で「助けてー!!、誰か助けてー!!、このまま殺されるなんて絶対に嫌だー!!・・・・、ヒナモー!、ヒナモちゃん!、会いたいよー!!、会いたい!、ヒナモに会えないまま死ぬなんて、絶対に!、絶対に嫌だー!!」、モユナの心からの絶叫と、人間への怒りによって新たなステージに覚醒したヒナモの心が、時と場所を超え完全にリンクしたのです、奇跡的なことでした。レッドダイヤモンドのように光り輝く雪豹のヒナモがジッと佇み、考える眼をし、耳を澄ませています。聞こえてきたのは「ヒナモちゃーん、ヒナモちゃーん、ヒナモちゃーん」と、エコーのように響く姉モユナの懐かしい声であり、『妹に、つまり私に会うまでは絶対に死ねない!!』という全身全霊をかけた強い強い意思であり、壮絶な魂の慟哭と共に、2人の姉妹にしか分からない花模様のアザが一瞬見え、あたたかい一体感がそこにはありました・・・・、ついに再生のゴングが鳴ったのです・・・・。
ヒナモは衝撃を受けていました。本当に久しぶりの姉の声が、そんな切羽詰まったものだったからです。ヒナモは増々ドキドキし、あたふたし、あたりを見渡し、「どこー?、どこにいるの、お姉ちゃーん?」と訴えるように問いかけました。するとすぐに姉モユナの心に、より強く繋がることができたのか、瞬時に居場所を察知できました。ヒナモはレッドダイヤモンド雪豹の毛並みをより一層輝かせ、慌てることなく、感覚的にはほんの1歩か2歩で姉の居る場所に辿り着くことができたのです。間違いなくテレポーテーションを使ったのでしょう。それも無意識の内に、やはり激しい出来事が重なったせいで、ヒナモの第7能力は一気にパワーアップしたようでした、それも究極のものに!!


『レッドダイヤモンド』から『カメレオンタイプ』に、ヒナモの最高能力
そこは大海の中、ポツンと浮かぶ船、まだまだ見習いのクルーだった12歳のモユナの乗る中型輸送船の上でした・・・・。甲板に突然現われたヒナモは、光り輝くレッドダイヤモンドの雪豹ではなく、3歳位の人間の女の子でした。ヒナモは久しぶりの再会なので、ちゃんと姉モユナと一緒だった頃の姿に戻って現れたのです。『そうすればお姉ちゃん、絶対私だって分かるもんね、ムフッ・・・・』、そして着ている服はやはり藍染の綿のワンピースでした。昔と違う所はレッドダイヤモント雪豹柄のマフラーを颯爽と巻いていたことでした。
モジモジしている3歳のヒナモ、目の前には悲愴な表情のモユナが立っています。けれど成長した体は日焼けした小麦色の肌で逞しさも感じられ、ヒナモは『お姉ちゃん変わったな、大っきくなったな』って思いました。モユナはモユナで、3歳のヒナモを見て物凄くビックリしてしまい、状況は最悪なのですが嬉し涙も滲んできました。
はにかみながらも微笑んでいるヒナモ、約5年ぶりの再会です!、この時のモユナの気持ちはまるで『ITO』という曲の歌詩のようでした・・・・。できればすぐにでも抱きしめたい、そんな感動の再会なのですが、今はそれどころではありません。モユナの乗る船はこの瞬間、まさに狂暴な海賊どもに襲われている真最中だったからです。「危なーい!」って叫び、モユナがヒナモを守りに走ります。ヒナモが嬉しそうに「お姉ちゃーん」って抱きつこうとすると、モユナはヒナモをしっかりと受け止めながらも体を縮め、「今、海賊に襲われているの!、せっかく会えたのに・・・・、もうダメかもしれない!!、せっかくヒナモちゃんに会えたのに!」って、ヒナモを抱きしめながら涙目で言いました。それを聞いたヒナモは、周りのいかにも極悪非道な海賊の男たちを一瞥して、『あの猟師の男たちと同じだ!、そっくりだ!、いや、もっと悪い!悪すぎる!!』って怒りの表情になり、体全体がピカーって光ったと思った次の瞬間、一瞬で再びレッドダイヤモンドの雪豹になっていました。あまりのことに「チチンプープーチチンプー」のキモイ鼻唄と、世界最強の武器商人国家のメロディーを歌いながら暴れ回っていた海賊どもも、彼らと全力で戦っていたハルルさんを始めクルーたちも、皆ビックリ仰天して一瞬動きが止まっていました。けれど、ただひとり、ヒナモと触れ合ったモユナだけは落ち着いていました、何故ヒナモがレッドダイヤモンド雪豹になってしまったのかが、ごく自然に心に伝わってきて、すんなりと理解できたからです。とても不思議な感覚でした。なので、恐ろしいうなり声を上げ、物凄いスピードで走り回っているヒナモを見ても恐怖心など微塵もありませんでした。けれど、あっという間に海賊たちをコテンパンにブチのめしてしまったことには驚愕していましたが・・・・。ハルルさんを始め他のクルーたちも目が飛び出てしまいそうな者や、口をあんぐりと開けすぎて顎が外れそうな者等、皆愕然としていました。そして気味悪い「チチンプープーチチンプー」の鼻唄と、超武器商人国家の旋律も勢いがなくなり小さくなっていき、甲板は血まみれで倒れている海賊どもでいっぱいになりました。
ひと段落ついたところで、レッドダイヤモンド雪豹のヒナモは、ちょうど小腹も減ってきたので、ブチのめした海賊どもの何人かを食ってやろうかと思いました。しかしその時ヒナモの思考が手に取るように分かるようになっていたモユナが大声で叫びました「食べちゃーダメー!、殺しちゃダメー!!」と・・・・、『食べる為に殺す!』、そのことは至極真っ当なことだと思っていたヒナモは、あまりに必死な姉モユナの叫び声にビックリしてしまい、体が固まってしまいました、なのでとりあえず何もせずジッとしていましたが、何故食べちゃダメなのかは全く分かりませんでした。お姉ちゃんたちだって皆自分でやるかどうかは別として、殺したものを食べているはずなのに(ちょっと不満顔のヒナモ)・・・・、でも今まさに泣き出しそうなモユナの顔を見て、それほど姉が嫌がるのなら一旦はやめておこうって思いました。『あんまりおいしそうじゃないしね、テヘッ』、なので海賊たちは誰ひとり殺されずに済みました、ボロボロの状態でしたが・・・・。
けれど、まだまだしぶとくタフな海賊どもも結構いて、懲りずに攻撃してきそうだったので、『困ったなー!お腹は空くし、お姉ちゃんと再会を喜びたいし・・・・、奴らを殺さないでトドメをさすには、どうしたらいいのかなー!?』って真剣に考える雪豹のヒナモ。と、その時ふと足元を見ると、そこには一人ひとり目が見えなかったり、足が無かったり、耳が聞こえなかったり、腕が無かったり・・・・、この船に保護されたのでしょう、4人の2歳ぐらいの幼子、右腕の無いアザミン、左足の無いナーハン、鼻と耳の無いキキョタン、両目の無いヒメタンという名で、後に『土偶幼女』と呼ばれ、モユナと共に活躍する女の子たちが身を寄せ、海賊たちだけでなく、雪豹のヒナモがメッチャ恐いのか震えながらうずくまっていました、とても怯えている感じです。ヒナモは、その子たちをジーっと見て・・・・『ヒ・ラ・メ・イ・タ、閃いた!!』って感じで、ニコリと笑い、その子たちの頭をペロリペロリと感謝の気持ちで優しくなめ(ますます怯えてビクッとし、泣き出してしまう幼子たち)、「殺さなきゃいいんだよね!」って呟いたかと思うと、再び物凄い勢いで全ての海賊たちにチョコチョコチョコッと触れて行きました。
すっ、すると!・・・・、なっ、なんと言うことでしょう!、あっという間に屈強な海賊の男たちは皆かわいらしい赤ん坊ちゃんになっていったのです。縮んだせいで傷口も小さくなったのか、ケガもほぼ治っていました。甲板の上では40人ほどの裸の赤ん坊ちゃんが手足をバタつかせ、元気よく泣いています。再びあっけにとられているモユナとハルルさんとクルーの面々、さすがのモユナもヒナモの急な思いつきには付いていけなかったようで、ビックリ眼です。それに引き換え、とっても満足そうなヒナモの顔、満面の笑みです。そして、もう既に戦闘は終わったと判断したのでしょう、レッドダイヤモンドの雪豹のヒナモから3歳の少女の姿に戻っていました、その時、しまい忘れたのか、人間ヒナモのお尻からとっても大きな尻尾が楽しそうにユラユラ揺れていました、思わず微笑んでしまうモユナ、いえ正確に言えば泣き笑いでした。
ずっと怯え続け、うずくまったままの4人の2歳児たちは、恐る恐る赤ん坊ちゃんたちの泣き声に誘われ顔を上げました。しばらく何が起こったのか分からず、ポカーンとしていましたが、目の前にヒナモの尻尾がユラユラしていたので触ろうとして、どこか楽し気でした・・・・。クルーたちも再び口をあんぐりと開け、目を白黒させている者が大勢いました。中には髪の毛がドハツテンになっている者もいて、穏やかな海の表情とは裏腹に、船上はまだまだ奇想天外な状況でした。けれど心なしか楽しさも溢れているようで明るい感じでした・・・・。空にはいつものように2羽のパンダカさんが軽やかに気持ち良さそうに仲良く飛んでいました、そして時々ヒナモちゃんの背中に逆さまでくっついていた雪豹柄コウモリさんとアイキャッチしているようでした。どうやらコウモリさんはヒナモのエネルギーのおかげで復活できたようでした、ギブ&テイクなのですね。


3人の思いは『バイカラー・トルマリン』のように
既に赤ん坊ちゃんたちの泣き声は、物凄い勢いで大海原に鳴り響いていて、それはいつの間にか『記念日・出産バースデー』のメロディーの“泣き声シンフォニー”になっていました。やがて我に返ったクルーたちは、大慌てで甲板に寝転がっている赤ん坊ちゃんたちのお世話をし始めました。皆心は女性的な優しさに溢れていたので、その赤ん坊ちゃんたちが元は極悪男の海賊たちだとしても、しっかりと助けるつもりでした。ちなみに海賊たちの服や武器は全て回収され、海賊船も中にあったお宝も、殆どが赤ん坊ちゃんたちを育てる為の資金として使われていくのでした、『いつかは世界中の弱者救済のためにも使いたい!』とハルルさんは思っていて、ヒナモには感謝しかありませんでした。さらに海賊船自体も、いわば海の保育園のようなものになっていくようで、早速内部調査されていきました。
また海賊船に捕らわれていた7人の女性たちは皆、傷つき疲れ果てていましたが、意外にも子育てにはとても興味があるようで、その赤ん坊ちゃんたちが、自分たちを散々苦しめてきた海賊たちだと知ってか知らずか、本能的に赤ちゃんに接したいと感じたのか、この不思議な現象に心を乱すこともなく、おそらく人間らしさを、人間のパワーを取り戻す為なのか、熱心に赤ん坊ちゃんたちの世話をしたいと近づいて行きました。けれど彼女たちの殆どは暴力やドラッグのせいで、かなりやつれ、病気の者もいました。なので赤ん坊ちゃんたちをあやしながらも、意識を無くしたり倒れてしまいそうになる者も続出しました、けれどなぜか生死を彷徨う状態でも赤ちゃんと接したがるのです、それはやはり本能だったのかもしれません。そうすることで『自分の生が何とか保たれる』と、無意識の心が限りなく純粋にそう思ったのでしょう・・・・、ヒナモと4人の幼女たちは「ふーん」って感じで、『この人たちって逞しいな』って思いました。また中には出産まじかの女性も3人いて、ハルルさんはすぐに船医と共に対応できるよう準備しました。ヒナモちゃんは『そっかー、赤ちゃんが産まれるのか』って思いました。けれどモユナは『でも』と思いました、と言うのも3人共レイプされての妊娠に違いなかったからです・・・・、けれど今度はヒナモが『でも』って思い、『生まれてくる赤ちゃんとは絶対に仲良しになりたいな、だって子供は子供、大人は大人、別々なんだから・・・・』、それを聞いたモユナは『ヒナモは強くなったな、本当に強くなったな』って物凄く感動していました。
そんなヒナモにモユナ以上に熱い視線を送っていたのが、船長のハルルさんでした。ヒナモの信じられない能力に、すっかり魅了されていたのです。『世の中、もっといい方向へ変わればいいのに!』と常々思っていたハルルさんは、ヒナモの中に未来への希望と可能性を見たのです。『全てを良い方向へ変えられるかもしれない!』そう強く思ったのです。
ハルルさんはモユナに相談した後、ヒナモに「戦争ばかり起こす男社会を何とかしたいの!、お願い!、協力して!!」と、ストレートに頼みました。ヒナモは雪豹のお母さんときょうだいたちを憎い猟師の男どもに殺されていたので真剣な表情で、「その男社会をぶっ壊したいの?」って聞きました。するとハルルさんは少し驚いた顔をしましたが、すぐに怪しく美しく微笑み、「そう、ぶっ壊したいの!」と言いました。ヒナモは一も二もなく、すぐにカワイイ笑顔で頷き、頬に手でOKマークを作りました。ハルルさんはとても喜び、「ありがとう」って言い、モユナと手を取り合い喜びました。そんなこんなを見ていたヒナモは微笑みながら思いました。『モユナお姉ちゃんの気持ちとハルルさんの気持ちが、驚くほど同じだなんて不思議だな、全くピッタンコなんだからー』、そして今のヒナモには、モユナお姉ちゃんの気持ちが第一でした。それが決め手なのです。男たちに対する恨みや憎しみは、お姉ちゃんが誰よりも強いはずなのですから・・・・。ヒナモはとにかく、姉に『スカーッ!!』として欲しかったのです!、今迄の全ての悔しさ、辛さ、苦しさ、悲しさを笑い飛ばせるぐらいに『スカーッ!!』と、なので海賊たちに使ったミクロ化の能力を鍛えに鍛え、完成させていこうと強く決意していました。大勢の赤ん坊ちゃんたちを見て、楽しそうに嬉しそうに笑っているモユナお姉ちゃんとハルルさんの本物の笑顔を見て、思わず感動して涙ぐむヒナモなのでした。背中の雪豹柄のコウモリさんはいつの間にか、尻尾に移動していて、楽しげに逆さまでユラリユラリと揺れていました、尻尾は少し小さくなっていましたが、まだまだ存在感大でした。


不可能を可能に!、その計画はまるで『超レアストーン』誕生のよう
数日後、ヒナモは殺されてしまった雪豹のお母さんと2人の兄の亡骸(実はもうひとりというか一匹、『ワオノ』という雪豹の自分の双子の妹がいたような気がしましたが、遺体はどこにもないし記憶もあやふやだったので、ヒナモはすぐに自分の思い違いなんだと思い、あまり気にしないようにしました、本当は物凄く気になっていたのですが・・・・)を、心を込めて埋葬しました。その時モユナお姉ちゃんとハルルさんも付いて来てくれたので、ヒナモはとっても心強く、穏やかな気持ちでいられました。またモユナお姉ちゃんから「今度は故郷のあの山に行って、お母さんとお父さんにも会いに行こうね」と言われた時、ヒナモは静かにうなずき、モユナお姉ちゃんに抱きつき泣きました。そんな2人を見てハルルさんは自分が子供の頃、集団疎開してから一度も帰ってない故郷のことを思い出していました。中規模の港町だった故郷は、今も戦争によって破壊され廃墟のようなままだと聞いていました。
7歳の頃、あまりの空襲のひどさに、ハルルさんは同じ位の年頃の子らと共に、地方に集団疎開したのですが、家族に会えない寂しさに耐えきれず、体調を崩してしまうことも多く、今とは比べられない程ひ弱でした、けれども何とか生き抜いてきました。やがて故郷の港町が全て破壊され、生きている者は誰もいないと風の便りで聞いた時、何故か人間の家族と共に一番仲良くしていたムササビの『シュンシュン』のことを思い出し、一生分泣きました・・・・。それ以降、戦争や災害によって破壊された廃墟を見るたびに、内心気持ちが落ち込んで、どうしようもなくなってしまうのですが、必死に踏ん張り周りに気付かれぬよう、ずっと気丈に振舞ってきました。
埋葬を済ませた3人はすっかり安堵の気持ちになり船に戻りました。すると猛烈にお腹が空いてきたので、野菜もたっぷりの海鮮鍋を食べることにしました、さっきのしんみりとした雰囲気が嘘のように皆でワイワイガヤガヤ食べ、ヒナモもモユナも楽しそうでした。
その後、大きな計画の為の修練を再び始めたのですが、それは主にヒナモの精神の集中力を長く強く高める為のものだったので、最も大切なのは自然との調和でした。人間のわがままな気持ちだけでは、決してうまくいかないものだったのです・・・・、そして何かが吹っ切れたように、ヒナモの能力は驚く程のスピードでどんどん進化していき、既に敵に触らなくても、念ずるだけで99%相手を赤ん坊ちゃんにすることができるようになっていました。
それもこれも無人島や深い山中の動物さん、植物さん、菌類さんたちに協力してもらったおかげでした。色々な生き物さんたちを赤ちゃんにしたり、戻したり、再び赤ちゃんにしたりと、ヒナモの能力を成熟させる為に、申し訳ないのですが協力してもらったのです。当然、無理強いした訳じゃなく、OKしてもらった子たちだけでした、ヒナモは雪豹でもあったので、動物さんの言葉、植物さんの言葉、菌類さんの言葉等が何となくですが理解できていたのです・・・・。きっと人間以外の皆も、自分たちとは違う生き物が自分たちの気持ちを理解し、友好的に接してくれたことにちょっと感動し心を開いてくれたのでしょう。このことはとても重要なことで、いわゆる相互理解ってやつなんだってヒナモは思っていました。何はともあれ、『皆ありがとー、本当に感謝なのだ』とも思っていました。なので、ちゃんと御礼の食べ物をさりげなくあげたり、ケガや病気の子らには治療や薬を処方したりしていました。本当に本当にありがたかったので、人間たちの為だけでなく、その子たちの為にも『この星を今よりずっと良くしたい!』ってヒナモたちの気持ちはどんどん膨らんでいくのでした。
この不可能に思える作戦も、『コツコツ一生懸命準備していけば必ず成功できる!、夢は叶える為にある!、絶対に!』という感じで、『KA作戦』と名付けられました。モユナやハルルさんを始め全クルーが『こんにちは赤ちゃん』のメロディーに乗って、「私たちはバックキャスティングプレイヤー!、新たな運命を切り開き、理想の世界を作り上げる!、だから暴力反対!、戦争反対!、死刑も反対!」って思っていました。今ヒナモの力はどんどんパワーアップしています、とんでもない短期間で世界中のズル賢い極悪男どもを全員赤ん坊ちゃんにして、育て直すことができるかもしれません、いえきっとできるでしょう!、できるんです!、ワクワクするような計画でした。やる気満々のヒナモは準備期間が終わったので、早速近くの陸地から試しに始めてみようとしましたが、モユナお姉ちゃんとハルルさんが、「ちょっと待って!、プレイバックプレイバック!」とストップをかけました。
極悪男どもを赤ん坊ちゃんにするのは良いけれど、そのまま放っておいたら皆死んでしまう可能性大です。だからその前に、世界中の女性や育児に協力的な男性たちに、「近々あなたの周りに物凄い数の赤ん坊ちゃんが出現しますよー!、だけどびっくりしないでねー!、千年に一度起きるかどうかっていう自然現象ですから(ウソ、ごめんね!)・・・・、それでねー、ここからが大切!!・・・・、育児だよ育児!、イクジナシじゃないよー!、イクジアリだよー!、よろしくねー!、みんなで良い子に育てようねー!、絶対だよー!」って言うメッセージを、なるべく明るく!、楽しく元気に!、オモシロク!、それでも真面目に届けたいの!、モユナとハルルさんは「テレパシー能力もあるよ」って言っていたヒナモにお願いして、世界中に発信してもらったのです。
最初心の中に突然聞こえてきた、その奇妙なメッセージを受け取った人々は、『赤ん坊がメッチャ増えるってー、何のこっちゃー!?』と思いました、けれど一応心の片隅に留めておいてくれたのです。そこには『極悪男どもが赤ん坊ちゃんになる』とか、『極悪男どもを育て直す』という、ちょっと危なっかしいキーワードは入れず、ソフトな『こんにちは赤ちゃん』とか、『イクジアリ』とかいうメッセージで統一されていました。けれどその裏に人類滅亡阻止(大げさですね)という重要な命題もあったのです。
そしてモユナもハルルさんもヒナモも、他のクルーたちも全員、何の根拠もありませんが、『このミッションは必ずうまく行く!』と素直に思っていました、いえ信じていたのです!、誰もがこのメルヘンみたいな作戦に心奪われ、ドップリとつかってしまっていたのですから・・・・。


傷があるからこそ『天然石』の証明
さー作戦開始です。モユナはヒナモの心を、なるべくリラックスさせる為、甲板の上にたくさんの植木鉢を用意して、美しくて可愛くて個性的で多様性に富んだ花々を飾りました。特に早春の花々を中心に、もちろん2人の誕生花の『桃』と『梅』もありました。母と父の
『桜』と『ひまわり』も美しく咲いていました。4人の幼女たち(アザミン、ナーハン、キキョタン、ヒメタン)も興味津々という表情で集まって来ていました。ハルルさんや他のクルーたち、特に最年長で船医であるコーサヨは、物凄くモユナとヒナモの姉妹を気に入っていて、体は男性でも心は女性だったので、まるで母親のように愛情深く2人に接していました、他のメンバーも大好きな花々と一緒にヒナモとモユナのことを熱く強く応援していました。全員がヒナモの能力の魅力にすっかりはまってしまっていたのです。そして最近コーサヨは頻繁に想像してしまうのです。『私の人生で一番辛かったのは、そうあの時、空から悪魔の新型爆弾が降って来た時』、一瞬にして街を人々を植物たちを、動物たちを、菌類たちを、放射線で大破壊したのです。それは人類が体験する史上最大最悪の大惨事でした。けれど今、ヒナモの力を見て体感したコーサヨは、どうしても想像してしまうのです・・・・、落とされた2つの原子爆弾がヒナモの力で小さく小さくされていくのです、そして爆発する頃には、あまりにも小さくなり過ぎて、人体はもちろん、動植物や菌類にも何の悪影響も無いぐらい小さくなって一応爆発します、その時人々は皆、一瞬空を見上げましたが、ただ小さくほんの少しキラりと光っただけでした、音もしませんでした、ただ風で木々の葉が揺れているだけでした。そして後何事もなかった様に日常は流れていき、人も植物も動物も菌類も、本当に本当に本当に何事も無かったように穏やかに時を過ごして行くのです。そんな光景を何度も何度も船医のコーサヨは想像して微笑み、涙し、感動してしまうのです。それ程、ヒナモのあらゆるものを小さくする力は魅力的だったのです。
同じように機関士のミヨカも想像していました。大都市だった故郷は大きな空襲で完全に焼野原になっていて、集団疎開させられていた幼いミヨカが、父に連れられ故郷に立ち寄った時、あまりにも記憶の中のふるさとの姿と違い過ぎていて、立ち尽くすしかありませんでした。そして父から聞いた空襲の様子は、それはそれは恐ろしくてミヨカを長い間苦しめました。おまけに大人になってからも信じられない程、大きな台風の被害に遭い、避難した高台の中学校の校庭には死体が山と積まれていて、前年初めての子の死産を経験していたミヨカは、絶望の淵へ追い詰められたような気持ちでした。けれどヒナモの力を目の当たりにした今、ついつい想像してしまうのです。数限りなく降り注ぐ焼夷弾が、どれもこれもみんなみんな小さくなれば大火災も起きず、誰も死なず、街も壊れず、悲劇は防げたんじゃないかって・・・・、巨大台風は自然現象なので、人間の力で勝手に小さくすることはできないとのことだけれど、ヒナモは予知の力も少しあるみたいだから、あらかじめそれが分かっていれば被害は最小限で済んだはず、大きな悲劇は避けられたはず、そんな光景がいつもいつも目に浮かんでしまうのです、ミヨカはその時だけ心底ホッとした気持ちになり、番犬で可愛がってた雑種犬のナアモのことも思い出すのです。あの時は台風の影響で、ここも水害に遭うかもしれないって思い、犬小屋に鎖で繋がれていたナアモの首輪を慌てて外して、自由に放してあげたんだった・・・・、数日後、避難していた丘の上の中学校から一度台風で水浸しの家に戻った時、犬小屋のあったあたりの水の中をナアモが元気よく犬かきで泳いでいたのを見て、本当に嬉しい記憶が甦ってきて、心底良かったって思って、ワンワン鳴くナアモを抱き寄せていたのです、自分自身も水浸しになりながら・・・・。
航海士のルケアは、海軍の兵士だった父の影響もあって、船乗りになったひとりでしたが、実は父を見たことも、その声を聞いたこともありませんでした・・・・、当時領土だった小さな島を超大国から守るための海戦に敗れ、海のもずくになった父、そう親類たちの噂で聞いてからは、無性にその海戦のことが知りたくて後にかなり詳しく調べたのです、全ては父の死の真相を知るための努力でした・・・・。その結果分かったのは、圧倒的な戦力の差、船の数も戦闘機の数も兵士の数も何もかもが桁違いで、最初から勝てる可能性等なかったのです。雨あられのように押し寄せる戦闘機による爆撃や銃弾の数々、それらは当然父の乗った戦艦にも襲いかかって来ました、やがて燃え上がる甲板、そして傾き出す船体、それでも爆撃は続き、まるで誰ひとりとして生き残るのを許さないかのように・・・・、そしてルケアも他の仲間と同じように想像してしまうのです・・・・。それらの攻撃が全て小さく小さく小さくなったなら・・・・、誰も死なないし、誰もケガもしない、海の生き物も傷つかないし、環境も破壊されない、もちろん兵士たちに降り注ぐ攻撃は小さく小さくなってしまい、お父さんも蚊に刺されたぐらいにしか感じないのだから、そんな光景を白昼夢のように見てしまうルケアは、いつも泣き笑いになってしまうのです。穏やかな海、彼方に広がる水平線、カモメが飛んでいる、イルカたちがジャンプした、パンダカさんたちはゆっくり気持ち良さげに気流に乗っている、殺し合いしたくてもできない能力、皆ヒナモの力が大好きになっていました。
また通信士のロヒエはジェノサイドで、両親を含め一族の大人たちの大半を銃殺されていました。その瞬間を見た訳ではありませんが、大きな穴の中に幾人もの死体が無造作にゴミ捨て場のように重ねられており、その非人間的な光景が恐ろしく胸に迫ってきて、子供ながらに絶望的な気持ちになっていました。けれどヒナモと出会い、その力を目撃してからは『もしも・・・・』とついつい想像してしまうのです。撃たれても、撃たれても、弾がとんでもなく小さくなってしまい誰も死なない、誰も傷つかない、そんな処刑場の不思議な様子、母も父もおばさんもおじさんも祖母も祖父も、皆啞然とした表情で立っています、そんな光景を夢見てしまうロヒエは、他の者と同様涙ぐみ何とも言えない絞り出すような笑顔になっていました・・・・。
コックのアヤナオはロヒエと同じく家族を、いえ一族全員を毒ガスで殺されていました。全裸にされシャワーを浴びるようにと言われ、清潔な水が出てくるのかと思いきや、大量の毒ガスが出てきたのです。もがき苦しみ死んで行く母、父、近所のおばさん、おじさん、友だちのお母さん、お父さん・・・・みんなみんな死んでいきました・・・・、
けれどそんなガスの毒素が小さく小さく小さくなったとしたならば、誰ひとり死にません、誰ひとり苦しんでのたうち回ったりしません・・・・、想像しただけで涙が出てくるのです、皆を抱きしめたくなるのです、笑顔はどうしても泣き笑いになってしまう・・・・、そしてハルルさんの言葉が聞こえてくるのです。極悪どもに対してさえ、『あなたたちが最低最悪の極悪人になるところを止められて良かった』という、敵のことを思いやれる言葉が・・・・。人間には残酷な部分や冷血な部分、無関心な部分、無責任極まりない部分も多々あるでしょう、けれど優しくて親切で良き部分もたくさんあるはずです、愚か者にならないようにしたい、恐怖に我を忘れて後で悔んだりしたくない!、絶対極悪に協力等しない、見て見ぬ振りもしない、自分も周りの人々も笑顔で楽しく過ごせるよう日々努力していきたい、それでも極端に善悪どちらかに偏り過ぎるのではなく自然体で・・・・。
でもやっぱり新人類の舞台は優しさに満ち溢れた世界であって欲しい、ちっちゃな不幸、ちっちゃな残酷さ、ちっちゃな意地悪、ちっちゃなケンカ、ちっちゃな争い等、それらは無くならないかもしれません、けれど小さく小さく極限まで小さくすることはできるはずです、全ての物質の原点は小さな小さな陽子と中性子からなる原子核と、それを取り囲む電磁気的に束縛された電子の雲から構成されているのですから、それは人間も原子爆弾も同じこと・・・・。他のクルーたちも皆、それぞれ不幸を背負っていました、なので、その不幸を限りなく小さく小さくしてくれるヒナモの能力は希望の光りだったのです、理想の未来地図だったのです、進むべき羅針盤だったのです。
姉モユナの為は勿論、まだまだ極悪男どもへの激しい怒りが収まっていなかったヒナモは、自らの気持ちをより一層奮い立たせ、気合を入れていきました。そして何より多くの仲間に応援されていることが嬉しくて、緊張しつつも自信を持ってミクロ化の能力を発揮していきました。その時つい掛け声で出てしまったのが『ナモ、ナモ、ナモー!』という言葉でした。自分の名前の一部なのですが、自然に出てきてしまったのです。モユナたちは最初不思議そうな顔をしていましたが、やがて同じように言ってくれるようになりました。『ナモ、ナモ、ナモー!』って呪文のように・・・・、ヒナモは勇気100倍になりました(この『ナモナモナモー!』は長く、ヒナモとモユナの中で大切なことをする時の掛け声となっていくのですが、後にモユナの気持ちもミックスされて、『和を以て貴しとナモナモナモー』というふうに変化していきました、さらに『こんにちは赤ちゃん』という曲のメロディーが優しく流れている中での『ナモナモナモー!』なので、より一層盛り上がりました。
ヒナモはまずは近くの陸地から少しずつ海岸沿いを船で移動しながら慎重に、それでも迅速にスピーディーに大胆に進めていきました。その結果、絶好調のヒナモは、何とわずか5日間で世界の約80%の悪どい男どもを赤ん坊ちゃんにしてしまったのです。世界各地のありとあらゆる所で、極悪男どもが次々と赤ん坊ちゃんになっていきました。そこは政治経済の中心地も勿論含まれていたのですが、驚く程自然に女性への権力委譲現象が起きていました。そして赤ん坊ちゃんにならなかった男性たちも、女性たちが築く社会が見てみたかったのでしょう、良くも悪くも女性たちが主導権を握って行くしかなかったので、当然と言えば当然なのですが、例えばホワイトホームのオーバル・オフィス(大統領執務室)に大統領の姿はなく、ただ床を小さな赤ん坊ちゃんがヨチヨチ歩きをしつつ大泣きしているのですが、それを見つけた内閣スタッフや政策担当者、秘書、報道官の女性たちは、最初呆気に取られていましたが、すぐに赤ん坊ちゃんを抱き上げ、あやし始めました。同じことがクレームリンリンの大統領府でも、ぼんやりケ関の首相官邸でも、クリーニング街のナンバー点でも、エリーゼーの為に宮でも、小中大何回でも公的、非公的関係なく、合法的組織、非合法的組織の関係もなく、あらゆる権力の中枢にいる男たちは殆どが赤ん坊ちゃんになっていきましたし、盲目的に権力に追従していた世の中の20代から70代の男性の80%も赤ん坊ちゃんになってしまいました。
その中には色々な人たちがいましたが、例えばDV夫が今まさに酒に酔って妻と娘に暴力を振るおうとしていました、まさにその時、「ナモナモナモー」って声が小さく聞こえたかと思ったら、DV夫の手は小さく小さく赤ん坊ちゃんの手になってしまったのです、ビックリするDV夫、妻、娘の3人、おまけにすぐに足まで小さくなったので、いくら怒り狂っていても危害を加えることなど到底できません。再びビックリしている妻と娘・・・・、すると娘が一言、「お父さんタコ踊りみたいなのしているよ」なんて言ったかと思うと、DV夫はあっと言う間に赤ん坊ちゃんになってしまいました。
例えばある夜、それは花火大会の帰り道、高校生でしょうか、初々しい若いカップルが、ちょっと恥ずかしそうに手を繋ぎ夜道を歩いていた所、突然ガタイのよいチンピラ3人が現れ、2人を襲ってきました。男はボコボコされ、女は今にもレイプされそうでした、けれどその時、「ヒナヒナナモナモー」って声が小さく聞こえたかと思うと、3人のチンピラは急に股間を押さえて尻もちを付いたのです。おそるおそるズボンの中を見るチンピラたちの3人は、「なんじゃこりゃー」と叫びます。オチンチンの大きさが小指の先ほどしかないのです。ひとりは呆然としてしまい、ひとりはブルブルと震えています。一番人相の悪い男が、「テメー何しやがったー!」と激怒して立ち上がりましたが、手も足も小さく小さく小さくなってしまったので、立ってられません、今度は火星人のような物凄く変わったダンスを踊ったかと思うと、3人共赤ん坊ちゃんになってしまいました。あまりのことに逃げるように駆け出して行く恋人の2人、けれど殴られ膨れ上がった顔をしかめつつ、立ち止まる男子高校生は、すぐそばに電話ボックスがあったので、そこへ入り、「この電話ボックスのすぐそばに赤ちゃんが3人、道に倒れています。助けに来てあげて下さい」と短く言いました、それを見た女子高生は頷きながらも涙が止まらず、優しい男子高生の手を取り、「早く病院行こう!」と言い、小走りで駆けて行きました、その後ろ姿、道端で泣いている3人の赤ん坊ちゃんたち・・・・。
船に乗っているヒナモ、モユナ、ハルル、そしてクルーの仲間たちは皆元気良く、「ヒナヒナナモナモー!」とか「ナモナモナモー!」とか「和を以て貴しとナモー!」とか言って、とても楽しそうで笑顔が溢れています、モユナも少しずつ、はにかみながらですが、笑顔を見せています。ヒナモはとにかく姉の笑顔が凄く嬉しいのか、エネルギー全開で逆立ちしたり跳ねながら極悪どもを赤ん坊ちゃんにしていくのでした。
再び例えばヤクザ同志の抗争では、当然ドスとか刀とか拳銃とかが使われますが、実はヒナモちゃん、これらも小さくできるのです。まずはドスとか刀とかナイフとかも相手を突き刺そうとした瞬間、小さく小さく小さくなって持っていることさえできなくて落としてしまうのです、それは拳銃でも同じことでした。そしてたとえ弾が発射されたとしても、その銃弾自体が小さく小さく小さくなって、蚊に刺された程度に無害化されるのです。ただし引っ込むナイフ(オモチャのナイフ)とか水鉄砲の場合は小さくなりません、思いっきり刺し合い打ち合って下さい、気が済むまで・・・・。
様々な仕事場でパワハラ、セクハラ等々、あらゆるハラスメントをする者たちも、例えばネチネチネチネチ口うるさい者は声がとっても小さくなってしまったり、態度のドデカい者は超腰が曲がってしまい、地面に顔がくっつく程態度が小さくなってしまったり、イケメンだとか美人だとかで性格も悪く鼻もちならない自信満々な者たちも、各パーツが極端に小さくなってしまい、目も鼻も口も耳も恐ろしい程小さくなってしまい、美しさやカッコよさなど微塵も無くなってしまって・・・・、これらの者たちもやがて赤ん坊ちゃんになっていきました。
人だけでなく、兵器や武器も小さくされ、まるでプラモデルのようになって行き、とにかく攻撃的なもの暴力的なものは、ことごとく小さく小さく小さくされていったのです。もし仮に地球でも同じことが起こったら、例えばイジメられている子らの目の前でイジメッ子たちも次々と肉体的に攻撃力を小さくされ失っていったとしたら、イジメられっ子を脅迫する為の変な写真や動画が入っているスマホも小さく小さく小さくされ、ツマヨウジで操作しようとしても無理で、全ての機能が失われて行き、スマホ(情報)を悪用する者たちは、同じような状況にされていく未来が感じられました。また今地球上にあるすべての核兵器、現在その多くは海の中、つまり原子力潜水艦に核ミサイルとして積み込まれているのですが、ヒナモと仲間たちが心を超集中させて、それらをまとめて小さく小さく小さくしたら、全く人体に影響が出ない程に小さくしたら、明るい人類の未来が広がっていくかもしれません。
そういうことを知ってか知らずか、相変わらず、移動する船の上のヒナモちゃんたちは、楽しそうに絶好調という感じで笑顔を見せていました・・・・。男性の作ったルールの中で何世紀も生きて行くしかなかった女性たちが、野球で言えば9回裏サヨナラ逆転満塁ホームランを打ったようなものなのでしょう、思わずニコニコしてしまうのも頷けますね・・・・。何はともあれ『ふるさと星』では、元極悪や現役バリバリの極悪が激減したことにより、世の中の戦争や内戦、紛争等は消滅し驚く程平和になりました。けれど良いことばかりではありません。ヒナモの体調がどんどん悪くなっていったのです。やはりかなりのエネルギーを使うようで、疲労困憊のようでした。でも本当はヒナモの能力が高まれば高まる程、極悪どもに残酷に殺されて行った死者たちの強烈な思いが、その悔しさ、辛さ、悲しさ、怒り等の無念の思いが凝縮、増幅され、物凄い勢いでヒナモの心の中に、なだれ込んできたというのもあったのです。さらに人間以外の生命の気持ちもどんどん流れ込んで来ていたので、さすがのヒナモもオーバーヒート気味だったのでしょう。その熱を冷ましてくれたのも、どうやらワイルドオカイコさんと雪豹柄のコウモリさんのようでした。両方とも『敵か味方か!?』という感じだったのですが、味方だったんですね、安心安心ひと安心・・・・。
死者たちは生者と比べ現実的には全くの無力です。けれど死者になったことで、情報だけは正確に把握していました。『自分が何故こんな惨めな殺され方をしたのか?』、『実行者は誰で黒幕は誰なのか?』、『協力者はいるのか?』、全て真実を知っていました。けれど現実に報復したり復讐したりする力は全くありません、それが成仏できない死者たちを、より苦しませるのでした。けれど、それら死者たちの悔しさ、悲しさ、辛さ、やむにやまれぬ思いの感情が受信感度の極めて高いヒナモの心の中に大量に押し寄せてきて、心は爆発寸前でした、いつしかそれらを抑えるのに精一杯になってしまい、体調不良が進んでしまったのでしょう、気を付けなくてはなりません、何故ならそのせいで『あわや、計画中止か』というところまで追い詰められたのですから・・・・。
さらに死者たちからのネガティブな思いはヒナモを追い詰めることを決して止めません。そのことにモユナも気づき始めていました。『私が何とかしなくちゃいけないんだ!、けれどやり方が分からない・・・・』、答えは案外簡単でした、雪豹という野生の時間が長かったヒナモには、もっともっと濃厚なスキンシップが必要だったのです。けれど控え目なモユナには、それが出来ません、ましてや自分の体は汚れ切っている、そんな体でスキンシップなんて・・・・と思い込んでもいたのですから・・・・。
ヒナモが半病人になってしまったことで、食事もお風呂も寝る時も常に一緒にいて、身も心も寄り添っていたモユナでしたが、まだまだスキンシップは少なめでした。けれど悲惨な状況を生き抜いてきたモユナの優しくて強い心が、徐々につぶれそうなヒナモの心を支え始めたのです。そのおかげで体調も徐々に良くなってきました。とにかく残りあと20%、「これ位なら、そう慌てなくても、ゆっくりやっていけばいいんじゃないか」というクルーたちの意見もあり、「ペースを大幅に落としていこう」ということになりました。けれどヒナモはグズグズしていると邪魔が入るという本能的な予感があり、「どうしても今すぐ再開したい!、一気に仕上げたい!!」と主張、意見が対立してまとまりませんでした。そこでハルルさんが中をとって、あと1日だけ休むことに決めたのです。ヒナモは渋々丸1日休むことになりました。けれどこれが後に大きな危機を招く結果になったのです、それがまだ予知能力が完全でなかったヒナモの後悔でした。
ちなみに復活後のヒナモは、程よく元気という感じで、ややスローペースで、ちょっとダルそうでした、けれど何とか残りあと10%という所まで辿り着きました。モユナの助けもあり、食事量も増え、一旦心に蓋をして死者たちのメッセージから少し距離をとるという方法もうまくいっていました、なので最後のフィニッシュに向けて邁進していきました。けれど、だからこそ極めて慎重に作戦は進められました。以前の極悪どもがいなくなったことで、今度はプチ悪党どもがのさばり出していたからです。けれどまだ極悪にはなっていなかった分、救いはありましたが・・・・。本当にやっかいなのは、善人の仮面を被った極悪人や、普段は善人なのに時と場合によっては無自覚に極悪人になってしまう人たちでした・・・・。死者たちの心にも迷いがあり、するとヒナモも迷ってしまうのです、こういう分かりにくい極悪どもは、実のところ赤ん坊にはならないことが多く、困った存在でした。けれどその者たちに何事も起こらなかったという訳ではありません・・・・。ヒナモはそれこそ体調が今いちだったこともあり、ほとんど偶然に、それらの男たちの体の一部だけを、赤ん坊ちゃんのものと同じ位に小さくしたのです。そう、男性のシンボル、オチンチンだけを物凄く小さくしたのです。まさに小指の先程度の大きさしかありません。けれどたったそれだけのことなのに、善人の仮面を被った極悪どもは自信喪失してしまったのか、驚く程おとなしくなりました。それは間違いなく女性には分からない男性特有の心理でした。そしてそれはある意味、赤ん坊になるよりも辛いことだったのかもしれません、何故ならそれらの男性たちの憔悴ぶりは凄まじくて半端なかったからです・・・・。しかし世の中は潰しても潰しても一定数、次の悪党どもが沸きあがってくる・・・・、悲しいかな、人間の世界とはそういうものなのですね・・・・。


『全人類裏切り色情魔ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣超気味悪男』
とにかく世界中で「エーンエーン」って泣いている赤ん坊ちゃんたちが、あまりにも大勢いて、どこもかしこも、とてつもない“赤ん坊ちゃんパニック”に陥りそうでした。多くの女性たちと育児に協力的な男性たちは、懸命に子守りをしてくれていたのですが、育児超多忙状態に陥り、それまでの経済活動はすこぶる停滞してしまいました。けれど皆協力し合い、物凄く大変だけれど何だか楽しそうでイキイキしていました。そして皆、あの心に響いた声は本当だったんだと思い、苦笑しつつ、より安全により丁寧に、赤ん坊ちゃんたちの世話をすることを心掛けて行きました。
勿論行政や政治の方も、残された女性たちが中心となっていたので、この緊急事態においての積極財政的支援は惜しみませんでした、またあらゆる企業が子育て関連の品々を続々と作り始めていました。これは今、何が儲かるとか儲からないとかではなく、何が必要で何を供給すべきかという当たり前のことを、既得権益というしがらみがほぼなくなったおかげで的確に迅速に判断できたということで、久しぶりに、まともなことが成されて行く過程が、ある意味とても気持ち良く爽やかでした。それは大切なことが分かっている本物の社会の姿に違いなく、安心感だけでなく素朴な懐かしさまで感じられる現象でした、それもこれも既得権益や利権にこだわる男たちがほぼ赤ん坊ちゃんになってしまったことが理由だったのでしょう、何だか可愛らしくて笑ってしまいそうな権力闘争ですね。
6日目、7日目、ミクロ化作戦はかなりゆっくりしていましたが、それは極悪どもの総数が減ったことと、ヒナモの体調を考えてのことでした。そして最後まで赤ん坊ちゃんにならなかった男性たちも多くいましたが、彼らは女性や子供たちにとても理解のある者たちばかりだったので、皆物凄く驚き、戸惑いながらも、すこぶる協力的でした。
こうして信じられないことが起こり続けた数日間でしたが、その規模がとてつもなく大きく、スピードもめちゃくちゃ速かったので、残された人々は育児にてんてこ舞いであったこともあり、この現実を、新しい時代を、受け入れるしかなかったのです、なのでスタートは混乱しつつも思いのほか順風満帆に見えました。けれど8日目、ヒナモたちが残り5%の地域の制圧のために、最後の締めくくりにかかろうとした日、ついに奴がやって来たのです!!、宇宙の彼方から、大きな大きな「チチンプープーチチンプー」の激烈にキモイ鼻唄と世界一の武器商人国家の旋律を引き連れて、死者たちが最大の憎しみを込めて『史上最低最悪の超極悪人』と呼ぶ、『全人類裏切り色情魔ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣超気味悪男』がやって来たのです!、「女は犯して殺せ!」、「俺以外はバカだ!、大バカだ!」、徹底的な男尊女卑!の腐りきった考えのもと、女性や子供たちに残虐で卑劣な行為を繰り返す、外道中の外道、鬼畜中の鬼畜、そんな悪逆非道な超変態ラスボス男が宇宙の彼方からやって来たのです。
これらの情報は全て死者たちの恨み節で語られ、壮絶な慟哭の叫び声として、ヒナモの心に急激になだれ込んできたものなのですが、しっかりと姉のモユナが寄り添ってヒナモの心をサポートしていたので、それまでのように体調不良に陥ることはありませんでした。けれど死者たちの恨みの言葉にやはり違和感がありました。と言うのは被害にあったのは殆どが女性や子供たちだったはずなのに、『超極悪人ハエカバキモーオ全人類裏切り男』に対する恨み言葉や怒り言葉は、なぜか汚い男言葉ばかりだったからです、それでも悲しみと怒りに満ちた魂の叫びは充分に伝わってきたので、ヒナモはしっかりと受け止めようとしていました。とにかく無念にもゴミクズのようにひねりつぶされ、臨辱され、犯され、これ以上はないという程の惨めさで、この世を去らねばならなかった者たちの声なき声が、行き場を失って右往左往していた本物の怒りが、恨みが、悲しみがヒナモだけじゃなくモユナの心にも届き始めていて、当事者同士の感覚が強いのか、モユナは心から理解できるものがありましたが、やはりヒナモと同じく、訴えかけてくる言葉が口汚い男言葉ばかりというのが気になっていました。何故女言葉ではなく男言葉なのでしょう?、モユナも大きな疑問を感じていました、「ひょっとしたら『全人類裏切り色情魔ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣超気味悪男』の罠かもしれない!」、より慎重にならざるを得ないと姉妹は考えていました。
悪魔に擦り寄り人類を完全に裏切った男『ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣、史上最低最悪のクズ中のクズ、カス中のカス、ゴミ中のゴミになり下がった色情魔』が人類の前に立ちはだかり、超気味悪男として人類を奈落の底へ突き落そうとしていると、何度も何度も死者たちは語気を強め警告してくれているのです。けれど今回は『本体』そのものではなく、どうやら『分身!』が攻めて来たのです。『なぜ分身だったのでしょう?』、おそらくそれは、常にあらゆる所で『もっともっと悪いことを100%、いえ500%、1,000%やらねばならない!』という、腐りきった醜い欲望を叶える為だったのでしょう。もう随分前から『分身』を出しまくり、宇宙各地を荒らし回っていたからです。本当に非道で鬼畜、迷惑千万、大迷惑でしかありませんでした。このように死者たちの恨み言葉は永遠と思われる程続き、『何が何でも絶対にこの超極悪変態男を抹殺して欲しい!』と、やはり汚い男言葉で、それでも最後の願いのように、懸命に必死にがむしゃらにヒナモの心に訴えかけてくるのでした・・・・。そんなケナシ言葉を聞くにつけヒナモは、何だか最近、悲しみと怒りと笑いがミックスされたギャグのような獣喜劇のような、何とも言えない怒喜劇的な世界のことを聞かされているような感じで、なぜなら最近、野生動物に育てられたヒナモの特徴が鮮明に復活してきて、人間の悲劇をあまり感情移入して真剣に見ることができなくなってきたのです、どこかナンセンスでバカバカしい気持ちにもなってしまい、心が迷子のようにもなって行くのでした。
そんな時突然、死者たちが言った通りの、おどろおどろしくヌメヌメした体で、超絶気味が悪い触角をチュルチュルチュルチュル動かしながら、巨大なハエと蚊とカバとゴキブリをミックスさせたようなウルトラキモクて臭くて汚い、『全人類裏切り色情魔ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣超気味悪男』の『分身』が現れたのです。その姿はあまりにも最低激悪で気色悪すぎて吐き気をもよおしそうでした。ヌメヌメした体は正面から見ると、どう猛で凶暴な殺人カバ獣のようであり、後方から見ると、嫌われ者の中の嫌われ者、嫌われ者の王に君臨し続ける巨大なゴキブリブリブリブリー獣のようであり、普通の人間ならその超絶ウルトラキモさに即死!してしまうのではないかと思わせる程でした。背中には巨大なハエと蚊をミックスしたようなブンブン羽根が何枚も生えていて、ムカデ一獣も混じっているのか、体中から何本ものトゲトゲの足が出ていて、とにかくヒナモの超苦手なもののオンパレードでした。残酷に殺された死者たちが言っていた通り、壮絶超絶嫌悪感しかありませんでした。けれどヒナモは野生の世界で、結構グロいものをたくさん見てきたので、何とか耐えられていました。
またその時、復活していたヒナモの能力は、以前と違ってそれほど好調ではなかったものの、心は少しリラックスできていたので、無残に殺されていった死者たちの為にも、この超キモイ超絶気味悪男ハエカバキモーオ全人類裏切り色情魔の『分身』を今までみたいに、すぐにでもミクロ化の力で赤ん坊にしてやろうと思い「ナモ、ナモ、ナモー!」って気合を込めて何度も試みました・・・・、けれどいつものようにうまくいかないのです。最初、敵の『分身』は小さくなりかけるのですが、すぐに元に戻ってしまいます、いえむしろ少し大きくなってるぐらいです。焦るヒナモ、心配顔のモユナ、そして仲間たち。いつしか『分身』の攻撃によって、ヒナモの体の方が逆にだんだんと大きくなり、風船のように膨らんでいったのです。どうやら敵は『何でも大きくする能力』を持っているようでした。いかにも男の性癖そのものが出ていて、物凄く気持ち悪いです!、そして嫌な予感がどんどん押し寄せてきたのです・・・・!
『ヤバイよ、ヤバイよ、ヤバイよー!』、これはどうやら、かなり厳しい戦いになりそうでした。絶好調だった頃と比べ、やはり集中力が途切れ気味だったのかもしれません、相手が『分身』だということで、少し油断してしまったのもあるでしょう、ヒナモは全力を出すすべもなく、状況はどんどん悪くなっていきました。あれほどの力で世界中の極悪男どもを赤ん坊ちゃんにしてしまうという超離れ技をやってのけたヒナモが、たったひとりの敵に、それも『本体』ではなく『分身』に押しまくられ、負けてしまうかもしれないのです・・・・。こんな状況はモユナたちにとって余りにもショッキングで考えられないことでした。けれど悪魔にゴマをすり続けた『全人類裏切り男ハエカバキモーオつぶれたゴキブリ獣ゴマすり色情魔』のオドロオドロしさ満載の変態力の前に、完膚なきまでに打ち負かされようとしているのです。あまりの力の差に、モユナやハルルさんたちは愕然として、立ち尽くすばかりでした、そして実はそのことをヒナモ自身が一番驚いていました・・・・。『ただ自分は、こういった切羽詰まった戦いに慣れていないんだ、初めてなんだ!だからうまくいかないんだ!仕方ないんだ!』と、必死に自分を納得させようとしていました、けれどそれは嘘でした、雪豹だった時、何度も何度も厳しい状況で戦っていたからです。「ただ死者たちの大敵『全人類裏切り色情魔ハエカバキモーオ』の力って、こんなに強いの?!」という驚きがあったのです。何だかヘビに睨まれたカエルではありませんが、ヒナモは最初から全力を出して戦えなかったのです、病み上がりということもありましたが、気合いが足りなかったのです、敵のあまりにもオドロオドロしい姿に、本来の力が殆ど出せなかったかもしれません、心が半分麻痺状態になってしまったのです、どこかで自分の力を過信して油断しまくっていたのでしょう、けれど気力で何とか頑張っていました、だるくて重くてしょうがない体と心を引きずりながらも懸命に・・・・。


壊される寸前に起きた奇跡のパワーは『天然石』の結晶体
ついに運命の一瞬がそこまで近づいてきました。「チチンプープーチチンップー」の超キモイ鼻唄と世界一の武器商人国家の旋律は増々大きくなり、不気味に悲劇の始まりを告げているかのようでした。敵の力により極限まで膨らまされたヒナモの体が、風船のようにまん丸になり宙に浮かんでいます。絶望的になっていくモユナ達の顔、顔、顔・・・・、同じく死者たちの顔、顔、顔・・・・。
『パーン!!』、妙にかん高い大きな破裂音と共に、極限まで膨らまされたヒナモの体は、今まさに木っ端微塵にバラバラになってしまいました。愕然そして絶叫してしまうモユナ!!、しかし破裂の瞬間、ヒナモはとてつもないことをしたのです。それは意識してできることではありません、姉への強い思いが無意識にそうさせたのでしょう、野生の本能が疼いたのかもしれません、母や父が色々なものをとても大切にしていた影響なのでしょう、破壊されていく自分の体が、このまま何の役にも立たずバラバラにされていくのが凄くもったいないなと思えたのです、どうせなら自分の体の部分部分を、親しくなった人たちにあげたいなって思ったのです、『死ぬ前にみんなの役に立ちたいな』って、とっさにそう思ったのです。
体が破壊される寸前、ヒナモは自分の子宮と腎臓を姉のモユナに、右腕、左足、鼻、耳、両目はそれぞれ4人の2歳児、アザミン、ナーハン、キキョタン、ヒメタンたちにあげることにしました。やはりこの幼子たちは生まれた時からそれぞれ不自由な所があって、それを知ったヒナモは「何とかしたい」ってずっと思っていたからです。その他、あらゆる自分の体のパーツパーツを親しく接していた人たちにも、例えば体の色々な部分がだいぶ弱っていたり、将来良くない状態になってしまうだろう仲間に向けて、瞬時に自分の体の一部を送り込んだのです。その結果、そこにいたほとんどの人たちが、何かしらヒナモの体の一部を受け取ることになりました。
そんなユニークなプレゼントを贈ったヒナモでしたが、実はそんなキレイごとだけではなかったのです。それはテレパシー能力がどんどん強くなっていく過程で、死者たちの思いが分かりすぎる程分かってしまい、『死者の心の奥底でうごめいている、自分の存在を忘れないで欲しい!、少しでも長く覚えていて欲しい!、それが死にゆく人の、そして死んでしまった人間の、最も大きな切実な願いのひとつなのだ!』ということを、嫌になるぐらい理解してしまっていたからなのです、自分の為にもしたことなのです。
死に直面した時、そこには混乱し、慟哭し、絶叫する惨めなぐらい人間的な自分がいるのかなと思いきや、雪豹であった部分も多かったので、死とはただ自然に帰るだけ、そう思っている野生の部分もあり、だからでしょうか、人間の存在を遥かに超えた自然の循環、宇宙の循環を感じつつ、『生とは何か?、死とは何か?、存在とは何か?』を薄ぼんやりと考えてもいました。死ぬ寸前に、あがいてあがいてあがきまくる人間を演じてみたかったな、とも思いましたが、別にそうしても、それらの疑問を解き明かしたかった訳ではないのです。愛しの人間たちの作った神々の言葉とかに、ヒナモは本来興味はありませんでした、命を終わらせることができるのは、別の命が生きる為の手段としてだけだと分かっていたからです。ただヒナモはあの洞窟の中、目の前で死んでいったダイセおじさんのことを、優しくて厳しかったお母さんやお父さんのことを、この世で一番心の拠り所である姉モユナのことを、そして雪豹の母のことを、雪豹の2人の兄のことを、雪豹の双子の妹のことを、心を寄せる全ての物事に対し、一瞬とも言える短い時の流れの中で、永遠に思いを巡り、巡らせ、想いを込め、別れを告げていったのです。                
天然石少女 第一部 終
​
©2025吉田さち子(ワークチュールヨシダ)
のシステムを使用 カスタマイズできるテンプレートで世界唯一のウェブサイトを作成できます。